第53話 七四一号
自分の迂闊さを呪いながら、必死になって等は抗弁した。
「いえ、そんな言葉は初耳ですが、思考をといったら、つまり考えを読まれるって意味かなって……」
「またまたおかしなことを言いますね」
ようやく等は周の笑みの意味を理解し始めていた。
この男は、鼠をいたぶる猫のように、等のことをなぶりものにして愉しんでいるのだ。
「あなたは思考を読まれて、なにか困ることでもあるのですか?」
「いえ、そういうわけじゃないですが……なんていうか、あまり良い気分はしないです。だから……」
「そのわりには大げさな反応でしたがね。でもあなたは、大胆なことをしでかすわりにはいろいろと粗雑すぎますね。なんというか、私から見ると哀れに思えるほどですよ」
周の口調は楽しげにしか聞こえない。
「ところで、親友の金井くんを殺したとき、どう思いました?」
突然の言葉の爆弾に、全身が勝手に震えた。
「意味がよくわかりません。金井は……あの、身柄を保護されているんでしょう?」
「ああ、失礼、それも嘘です」
目の前が真っ暗になる。
「七四一号はよくやりましたがね。ただ彼女はもともとは我々が製造したものですし、自分でも気づかないうちにこちらに定期的な報告もしていたんですよ。だから、あの丙種地区でなにが起きたか、我々はすべてを把握しています」
「七四一号って……」
「神城光、という人間の名前を名乗っていますね。あれは電脳技術にかけては優秀ですが、情緒面に難がある。まあ、七四〇番台は全体にその傾向が強かったので、結局、こうして別任務にまわされたわけですが」
なにも考えられなくなった。
頭では状況を理解しているが、精神がそれを受けつけていない。
「神城光は、現在では反人権的な危険思想を持つ人物を誘引し、彼らの情報収集を行う任務についています。ああ、でも別に彼女はあなたを裏切ったわけではないですよ。彼女じしん、そのことについては覚えていないんですから。自分はあくまで本気で絶対人権委員会を打倒すると信じています。哀れではあると同時に、いささか滑稽ですな。まあ、人間の遺伝子を操作したもので人権もない相手ですから、同情するのもなかなか微妙なところではありますが」
「…………」
「あなたも彼女から話を聞いたはずです。あれは概ね、真実ですよ。ただ、彼女は電脳技術者としてではなく、もう一つの任務のほうはさすがに話さなかったようですね。絶対人権委員会にも、恥ずかしながら特殊な性癖をもつものたちがいるんです。人間ではなく、人権のないああいうものと性的関係を持ちたがる変質者たちがね」
周はさきほどとは違い、本気で嫌悪の表情を浮かべていた。
「人権すらない相手と……私などにはとても信じられないことですよ。あ、でもあなたも彼女とは関係を持っていましたね。よく彼女に人権がないとわかっていても関係を続けられたものだ。生理的な嫌悪感はわかなかったんですか?」
「ふざ……けるな」
いつのまにか、等の思考は怒りで塗りつぶされていた。
これでは、光はまるで道化ではないか。
「あんたらは、人工的に彼女をつくり、電脳技術を教えこんだだけではあきたらずに……そんな、酷いことまで……」
「ですから、私は申し上げている。絶対人権委員にもそういう恥ずべきものはいるのだと。しかも彼女は四歳の頃からですからね。七四一号の情緒面の機能障害も、つきつめればそのあたりが原因でしょう」
「ひどいよ……ひどすぎるだろう……絶対人権委員会は、人権を護るんじゃないのかよ……」
「おっと、それは筋違いというものです。なぜなら七四一号は『人権のない存在』なんですから。悪趣味ではありますが、人権侵害にはあたりません。外国の連中に人権がないのと同じことです」
「そういうことを言ってるんじゃなくて……俺が言いたいのは……」
駄目だ、と等は思った。
周はかつての自分と同じように、自らを人権主義者だと考えているのだろう。
光に出会ったことで本来の意味での「人権」という言葉の重要さを、等は学んだ。
しかし、絶対人権委員会の人間の考える「人権」とは、いま光が考えてる言葉とはかなり異質な概念なのである。
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