第24話 実写動画

 どこかの街角の様子を再現したものらしい。

 ごく一般的な乙種地区だった。

 古い自転車に乗ったものたちが行き交い、ときおり警備自立機が周囲を警戒している。

『いたぞーっ』

 男の怒声とも歓声ともつかぬ声が、あたりに響き渡った。

 どうやらこの動画は個人が手にしている撮影機の記録画像という設定のようだ。

 画面が激しく揺れながら移動している。

『魍魎が、見つかったみたいです。私もいま移動しています』

 実況でもしているかのような音声が入るあたり、かなり凝っている。

 こうした仮想動画は珍しい。

 一人の若い女性が、路地の隅に追い込まれて震えていた。

 かなり痩せこけているうえ、さきほどの動画とは違い、醜いわけではないがあれほど美人ではない。

 どこにでもいる、ごく凡庸な顔立ちである。

 だが額には「魍」の刻印が押されていた。

『ほっ……本物の魍魎ですっ』

 実況者の声が震えているあたりが妙に現実的だ。

 どんどん周りから人が集まってきた。

 なかには女性も混じっている。

 まだ未成年らしい者も、怯えた顔をしながらも興味深げに魍魎を見つめていた。

『や……やめ……やめて……』

 魍魎の顔は蒼白になっている。

 極限に近い恐怖のため、うまく口がきけないのだろう。

 この動画製作者はかなりの技量の持ち主に違いない。

 とても仮想動画とは思えないような、異様な迫力がある。

『魍魎が……な、なに言っているんだっ』

 一人の中年男が、野太い声をあげた。

『お前……反人権的なことをしたから、魍魎に落とされたんだろうが! 魍魎の分際で、なに、人間にむかって偉そうなことをっ』

『そうだっ、お前はもう人間じゃない! お前には人権なんてない!』

『この化け物! きっとひどいことしたんだろうがっ』

 すると魍魎の目に毅然とした輝きが宿った。

『私は……悪くない! みんな、騙されているの! 絶対人権委員会はみんなが考えているような組織じゃない! 本当はひどい奴らのあつまりで、みんなが苦しい生活をしているのもみんなあいつらが……』

『なんてこといいやがる、こいつっ』

 若い男の声はうわずっていた。

『絶対人権委員会に逆らうなんて、反人権的もいいところだっ』

『こんな奴、魍魎に落とされて当然だよ』

 中年女の甲高い声が耳障りだった。

『まだ若いからって、調子に乗るんじゃないよ、魍魎のくせにっ』

 単なる若さへの嫉妬にしか聞こえなかったが、人々は集団心理によって激しく魍魎に罵声を浴びせかけた。

『かまわない……むいちまえっ』

 男たちの手が一斉に魍魎の女へ伸ばされる。

 たちまちのうちに衣服を剥ぎ取られたが、それでも彼女は必死になって抵抗しようとしていた。

 まさに死に物狂いといった様子だ。

 しかし、数の暴力にはかなわない。

 幾度も殴打され、朦朧となったところでいきなり、股間を開かされた。

 そこからあとのおぞましい展開は、さきほどのものとはまた違った、異様なほどの現実感に満ち溢れたものだった。

「ねえ……平くん、まだ気づかないの?」

 光が言った。

「この動画、だいぶさっきのと違うでしょ」

「うん、まあ……」

 気が滅入っていて自然と声が低くなる。

「これ、写実的すぎて現実にあったことを記録しているみたいな……」

 そこでようやく等は気づいた。

 この動画は仮想動画「ではない」ということに。

 実際に起きたことを誰かが撮影機で記録し、それを電網の仮想空間で公開したものなのだと悟った瞬間、名状しがたい戦慄にとらわれた。

「絶対人権委員会を相手にするっていうのは、最悪、こうなることもあるって理解できた? 平くんは男の人だけど、世の中には少年が好きな男とかもいるから、この動画の魍魎と同じような目にあうかもよ? それだけの覚悟が本当にあなたにあるの?」

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