第23話 魍魎食い


 獣欲を吐き出した男たちは、いつのまにかナイフやナタ、あるいは熱く熱された鉄の棒といったものを手にしていた。

 仮想動画とはいえ、剣呑な空気が画面から漂ってくる。

「ちょっと……これ、どうするの?」

「見ていればわかるよ」

 光はまた微笑した。

『さて、まだ魍魎をきちんと退治しきれてないな』

『むしろひいひい嬉しがっていたしな』

 そんなことはないはずだ。

 登場人物たちに腹がたったが、これは反人権的動画ではないのである。

 魍魎という怪物をどれだけ嬲り者にしようと、問題はないのだ。

 それから始められた惨劇は、想象を絶するものだった。

『いやああああああああああああああ』

 魍魎の女性が恐怖と苦痛に絶叫する。

 ひたすらにむごたらしい場面が続いた。

 魍魎の女性はまず両耳を削がれ、乳房を切断された。

 さらには指の一本、一本をナイフやナタで切り落とされていく。

 熱した鉄棒を体のあちこちに押し当てられるたびにじゅうっという音が鳴り、皮膚や脂肪、筋肉が焦げていった。

 別に男たちは目的があって拷問をしているわけではない。

 単に愉しみで、この残酷きわまりない遊戯をしているとしか思えなかった。

 等の頭の芯は痺れたようになっていた。

 こんなことが許されるはずもないのに、反人権的ではないのだ。

 魍魎はすでに人ではないのだから。

 さらに悪夢は続いた。

『さて、せめてこの化け物の肉を俺たち人間が役立ててやろう』

『怪物の肉でも栄養はあるからな』

 男たちは、魍魎の肉体の解体を始めていた。

 あまりにも生々しい動画に等は吐き気をこらえた。

 胴のみぞおちから陰部にむかって、ナイフで直線に切り込みが入れられていく。

 そこからピンクや桃色、あるいは紫色といった内臓を男たちは次々に取り出し、用意されていた電気焜炉で炙りだしていた。

 さらにあちこちの肉が削ぎ取られ、やはり焼かれていく。

 自分でも信じられないことに、等の腹は空腹を訴えて音をたてはじめた。

 生肉が調理されているところをみて、本能的な食欲を刺激されたのである。

 動画で男たちは、実に美味そうに魍魎の肉を食らっていた。

 弾力のある肉を噛みちぎり、肉汁を口のまわりから滴らせていく。

 気がつくと、動画は終わっていた。

「これ魍魎系動画でも、結構、人気のある奴だよ」

 光の言葉にようやく現実の世界に戻ってきた。

「いまのは男性閲覧者が多いけど、女性向けのもある。内容は、まあ、魍魎が女じゃなくて男になっているけど、大差ない」

 ぞっとした。世の大人たちはこんな魍魎系動画で陰惨な欲望を発散しているというのか。

 両親はこんな動画は見ていないと思いたかった。

 きっとこんなものを喜んで見るのは一部の反人権的な嗜好を持つ連中だけだと思いたい。

「他にも魍魎系動画はたくさんあるよ。いろんな系列に分かれている。子供の魍魎をいたぶるのとか、遊戯感覚で魍魎をしとめて、危険と刺激を楽しむのとか……」

 未成年は魍魎を恐れるが、大人たちはまた別の目で魍魎を見ているらしい。

「ある意味、絶対人権委員会ってすごいと思うよ。こういうの見ると。ただ圧力をかけるだけだと人間が反発するってわかっている。前、君も言っていたよね。どうしても貧しい生活を送っていると、人間は支配者に対して反抗的になる。ストレスの話もしたでしょ。たとえ薬物で軽い抑うつ状態にしていても、限度があるから。だからこそ、魍魎動画は黙認どころか、むしろ推奨している。反体制的な活動を引き起こす可能性があるから『人間を殺す空想』は絶対に駄目。でも『魍魎を殺す妄想』なら問題ない。そもそも魍魎になった人間は、絶対人権委員会にとって都合の悪い『かつて人間だったものだから』」

 人を殺すのは反人権的だ。

 しかし人権をもたない魍魎は怪物として、どんなことをしようがまったく問題はない。

 そうやって絶対人権委員会は「反人権的なことをすればどんな運命が待っているか」を市民たちに教えているのだ。

 たとえば絶対人権委員会に逆らうような真似をしたら反人権的な者として、人権剥奪、いわゆる「魍魎堕ち」の運命が待っている。

 そうなれば、仮想動画の魍魎になるのは自分かもしれないと、市民たちを洗脳している、ともいえる。

「もう一つ、どうしても見てもらいたいものがあるんだけど」

 光が新たな動画を再生した。

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