第10話 自律機

 率直にいえば、そこは廃屋にしか見えなかった。

 かなり古い時代の民家が、廃ビルの谷間に残っているという感じだ。

 周囲は緑で覆われているといえば聞こえがいいが、実際には庭は荒れ放題で、雑草や木々が好き勝手に繁茂していた。

 よくこんな木造家屋が今まで残っていたものだと感心させられるほどのボロ屋を、しばらくの間、等は呆然と見つめていた。

 光が転送してきた地図だと、ここが彼女の家に間違いない。

 その瞬間、何者かに「見られている」という感覚が強まった。

 庭のなかに奇妙なものがいることにようやく気づいた。

 六本足を持つ、高さ五十センチ、全長一メートルほどの昆虫のようなものが、木々の葉の間に隠れていたのだ。

 むろんこれほど巨大な昆虫など、存在するはずもない。強化人工樹脂で造られた、自律機の一種だろう。

 自律機は社会のあちこちで用いられているがもっとも一般的なのは警備用自律機である。

 この自律機も、警備のためのものに違いなかった。

 小さな眼球のような撮影機が中央の円筒状の部分に幾つも設置されている。

 さらには光学偽装を施されているのか、全体の輪郭がぼんやりとしており、樹木の間で気づかれにくいように緑色をしていた。

 だが、もっと偽装度を高め、存在を完全に知られないようにもできたのではないか、という気もする。

 ひょっとすると、わざとこのような中途半端な光学偽装にしているのかもしれなかった。

 もしこの廃屋に侵入しようとする物好きがいたとしても、少し気をくばれば監視用自律機の存在に気づくはずだ。

 さらにこの自律機には、明らかに武装が施されていた。

 射出型の電撃銃や、短針銃とおぼしきものがあちこちに取り付けられているのだ。

 民間の自律機で許可されていない、過剰な武装である。

 絶対人権委員会の下位組織である人権防衛隊でも、ここまでのものは珍しい。

 ほとんど軍用機に近いのではないか、という気がした。

 自律機の撮影機がわずかに角度をかえてこちらを改めてとらえた。

 まるで昆虫の化け物に睨まれているようで、あまり気分のよいものではない。

『ごめんね。びっくりした?』

 携帯電脳から、光の笑い声が聞こえてきた。

 左腕の端末から、指向性の高い音波が耳に直接、音を届けてくれる。

「これって……神城さんの?」

『まあね。丙種地区ってこんなところだし、安全には気を使ってるから』

 いきなり、玄関の扉が自動的に開いた。

 ぼろぼろの引き戸が、がらがらと音をたてる。

 見た目は古ぼけているが、ひょっとするとこれも偽装なのかもしれなかった。

 丙種地区で真新しい清潔な建物に住んでいたら、それだけで噂になる。

『どうぞ、入って』

「えっと……おじゃまします」

 なんとなく落ち着かない気分で、等は玄関に足を踏み入れた。

 カビ臭い臭いと木材の臭気、それとは別の良い香りとが複雑に交じり合っている。

『はい、そこの廊下、まっすぐ歩いて』

 靴を脱ぐと、言われたとおりにやたらときしむ床板を踏みしめながら廊下を先へと進んだ。

 あたりは薄暗く、まるで洞窟のなかにでも迷い込んだようだ。

 考えてみれば、相手は絶対人権委員会が敵視している電脳盗賊、もとい電脳狩人なのだ。

 行きがかりで妙なことになったが、この場にいることだけですでにいろいろとまずいことになっている。

 もしことが露見したらただではすまない。

 そんなことを考えているうちに、ようやく一つの部屋へとたどり着いた。

 入り口のあたりには、紙の束のようなものが積み上げられている。

 いまでは紙など目にすることも珍しい。

 考えてみれば便所での合成紙くらいしか、等も見たことがないのだ。

 だが、部屋の奥にはさらに驚くべき光景が広がっていた。

「なんだ、これ……」

 思わず声を出してしまった。

 室内には、無数の電脳の大型筐体が置かれていたのである。

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