第11話 電脳筐体

 灰色や白、黒といった色の合成樹脂でできた筐体のあちこちで、小さな蛍光色の光が点滅していた。

 一般人は、電脳の筐体など現実で見ることはまずない。

 電脳といえば手首にまく携帯電脳端末、というのが常識なのである。

 この電脳には最低限の機能しか与えられていない。

 無線で電網に接触することで、初めてまともな電脳として機能するのだ。

 しかし、ここに置かれている電脳筐体は電網そのものを形作る、高度な処理能力を持つものとしか思えなかった。

「やっほー。びっくりした?」

 電脳筐体にばかり気をとられていて、部屋の隅であぐらをかいている少女の存在にようやく気づいた。

 今度は彼女の格好にまた驚かされた。

 光は白い太腿をむきだしにて、上半身にはいままで見たこともないような華やかな色合いの衣服をまとっていたのだ。

 肩から先の袖がない意匠のものである。

「ちょっ……えっ?」

 等の感覚でいえば、ほとんど裸に近い格好だ。

「神城さん? な、なんなの、その服っ」

「あ、そうか。平くんはこれ、知らないんだ。昔の服で、タンクトップっていうんだけどね」

「たんくとっぷ?」

 聞いたこともない。

 ただその不吉な日本語とは思えない語感から、あるいは敵性語ではないかという気がした。

「ねえ、それって敵性語……」

「かもね。昔は普通に日本語として使われていたんだけど」

 光はあっけらかんとしている。

 それにしても目のやり場に困った。

 白い太腿を見ているだけで心臓がおかしな鼓動を始めている。

 そこから上に視線を移しても、光の豊かに発育した胸に、布地に包まれているとはいえつい目がいってしまう。

 これほど体が育っている少女など、教室でも他にはいない。

 よほど栄養状態がよいのだろう。

 おまけに美少女なのだから、校内でも憧れの的となるわけである。

 しかし学校での寡黙さが嘘のように、光はきさくな態度で言った。

「あーら、平くん。もしかして私の体、興味あるとか?」

「ちょっ」

 等の顔が真っ赤になった。

「そ、そんなこと……」

 ないといえば嘘になる。

 健康な少年である以上、性欲は等にだってあるのだ。

 それでもやはり、はしたないという意識は消えてくれない。

「昔はこういう格好も当たり前だったらしいけどね。おまけに太りすぎて女子はダイエットとかしていたらしいし」

 また敵性語らしいものが出てきたが「太りすぎ」という言葉の意味がよくわからなかった。

「太りすぎって……太るってのは、いいことじゃない」

「今だとそうだね。でも昔は、みんな栄養過多で太っている人が多かったから、逆に栄養をとらないで痩せている人のほうが美人だったんだって」

 さすがに冗談にもほどがある。

「あのさ、そういう嘘はよくないよ。だって、昔の日本は今よりも食糧事情は悪くて、ごく一部の軍人や資本家いがいはみんな飢えていたんだよ」

「まあ、それが嘘なんだよ、そもそも」

 光が苦笑した。

「いま、ちょっと面白いもの、見せてあげるから。それと、適当なところに座りなよ。ずっと立ったままじゃ疲れるでしょう」

 そう言われても、あたりには電脳をつなぐ回線の束がのたうつ蛇のようになっていてなかなか座る場所がない。

 ふといまさらながら、床が奇妙なもので出来ていることに気づいた。

「これって……畳って奴?」

「そう。いまじゃ博物館でしか見られないらしいね」

 なんとか畳の上で居場所を見つけ腰をおろした途端、仮想画面に映像が表示された。

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