第5話 電脳狩人

「あの……本当に、神城さん?」

『そうだけど……あ、この口調か。いつもと別人みたいでしょ』

 図星をつかれた。

『まあ、私、ふだんは猫かぶってるからね。おとなしくて美人で高級学校のみんなの憧れみたいな立ち位置』

 等は唖然とした。

 いつもの光と、別人格としか思えない。

『あ、ちょっと調子、乗りすぎちゃったかな。ごめん、びっくりした?』

「ま、まあ……少しね」

 本当は天地がひっくり返るほど驚いていた。

『前々から平くんとは、話したいと思っていたのよ。私、あなたの小説の愛読者だったんだから』

「そうなんだ」

 なんと言ってよいかわからず、反射的にうなずいてしまった。

『そっけないわね。読者にむかって』

「いや……なんていうか、頭が混乱してるっていうか」

 夢でも見ているような妙な気分だ。

「でも……神城さん。なんで、その、俺の……」

『ああ、あの個人識別偽造をどうやって見破ったかってこと?』

「まあ、そんな感じ」

 うまく言葉が出てこない。

『ま、あれはいま使われている偽造技術のなかだと、かなり高度と言っていいかもね。うちの電脳、全部つかっても解析まで二十時間もかかったし。絶対人権委員会の電脳技師でも、相当に手間取るわ』

 つまり、光は相当に電脳に詳しいらしい。

 絶対人権委員会の電脳技師よりも上だと豪語しているようなものだ。

 しかし、そんなことが本当にありうるのだろうか。

「ひょっとして……神城さんて……あの、いわゆる……」

 等は深呼吸をした。

「電脳盗賊なの?」

 それは、伝説のなかの存在である。

 一般人の知らない電脳技術を持ち、仮想空間の情報を盗み出すことの出来る人々のことだ。

 絶対人権委員会は、特に反人権的な存在として電脳盗賊を取り締まっていると噂されていた。

 現代社会では社会の隅々までが電脳によって管理されている。

 電脳盗賊はその基板を破壊するものなのだ。

 絶対人権委員会からすれば、いわば天敵のようなものである。

『あのねえ』

 いささかむっとしたような口調で光が言った。

『電脳盗賊っていうのは、絶対人権委員会が意図的に広めている蔑称よ。本当は「電脳狩人」っていうの』

 そんな言葉は初めて聞いた。

 ただ盗賊よりは、狩人のほうが格好いい気がする。

『絶対人権委員会は、言葉いじるのが大好きだから。知ってる? 普通ならこういう音声通信も、トウチョウされているのよ』

「トウチョウ?」

 意味がわからない。

『ああ、そうか。そんな言葉、だいぶ前に抹消されちゃったしね。トウチョウっていうのは、こういう会話を盗み聞きすること』

「そんな。反人権的じゃないか」

 回線のむこうで光がため息をついた。

『そうよね。でも現実に、絶対人権委員会は、自分たちから進んで反人権的行為をたくさんやっているの。といっても、信じられないでしょうけど』

 当然だった。

 太陽が常に東の空から昇るように、それは等にとっては当たり前のことである。

 絶対人権委員会は常に人権を護る存在なのだ。

『信じられない?』

「というか……突然すぎて」

 判断することも出来ない。

 ふと、重要なことに気づいた。

『あのさ、もしそれが本当だったら、この会話もえーと……トウチョウされているんじゃないの。だとしたらまずいよ』

 すっと血の気がひいていく。

 絶対人権委員会にこんなことを聞かれたら、どうなるかわからない。

 最悪の場合、あらゆる人権を剥奪された「魍魎」にされるかもしれないのだ。



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