第6話 誘い

『あのね』

 光が少し怒ったように言った。

『盗聴対策くらいしているから安心して。ちゃんとこの回線は鉄壁の防壁で幾重にも保護してあるから。もちろん、まわりからは普通の回線にしか見えないけど』

 さすがは電脳盗賊、もとい、電脳狩人ということか。

『ところで……平くん。いまから、私の家に遊びにこない?』

「はっ?」

 つい頓狂な声をあげてしまった。

 いろいろと突然すぎる。

「今から……」

『なにか用事でもあるの?』

「いや、そんなことはないけど……」

『じゃあ、私の家にきなさいよ』

 いろいろと頭がついていかない。

 まさかあの神城光が実は電脳狩人で、平然と絶対人権委員会の悪口を言っているなど、想象を絶している。

 教室の友達に話しても、誰も信じてはくれないだろう。

 ただ、好奇心がわいてきたのは事実だ。

 さらにいえば、光の家にも興味がある。

『あのねえ、一応いっておくけど、私が誰かを自分の家に招待するって、すごく、とっても、きわめて、珍しいことなんですからね』

 ふと等は思った。

 ひょっとしたら、光は拒絶されることを恐れているのではないだろうか。

 いままで彼女は学校でも自分の正体を秘密にしてきた。

 当然といえば当然である。

 友達なども彼女にはいない。

 憧れの対象ではあっても、そこから奥に踏み込もうとする者はいなかったのだ。

『だいたい平くん、あなたには拒絶する権利なんてないんだから』

「どういうこと?」

『だって……私はあなたの小説の秘密、知っているのよ』

 ぞっとした。同時に、怒りを覚えた。

「それって、脅しているの?」

 自分でもつい声が尖るのがわかった。

「神城さんが電脳盗賊……じゃなくて、電脳狩人ってのは驚いたけど、そんな人の弱みにつけこむような人だとは思わなかった」

『あ……その、ちょっとまって』

 心底、光はあわてているようだった。

『違うの。そういう意味じゃなくて……そう、私、あなたの小説の愛読者なんだから。作者は、読者をもっと有り難く思うべきよ。あなたの小説は面白いけど欠点もたくさんあるわ。私は昔の小説もたくさん読んでいるから、欠点も指摘してあげられるし』

「昔の小説?」

 ふと興味をかられた。

『そう。絶対人権委員会なんてものが出来る前、私たちが生まれる前に書かれた小説がたくさんあるの』

「ああ、そういうのか」

 等は失望した。

「知っているよ。昔の日本軍が書かせた、宣伝小説でしょう? 戦意高揚のために、いろんな……」

『そうじゃないわよ。あのね、絶対人権委員会はいろんな嘘をついている。嘘だらけといってもいい。私たちが歴史で習うことなんて、みーんな嘘ばっかりよ。確かに日本軍が亜細亜各地を占領した時代はあったけど、結局、日本は米国との戦争に負けて、新しい国に生まれ変わった時期があるの』

「嘘でしょ?」

 光はひょっとしたら精神に異常を抱えているのかもしれない。

「米国は、日本と一緒に亜細亜や太平洋地域を支配した帝国主義国家じゃないか。昔の日本の同盟国で……」

『米国と日本が同盟国だったこともあるけど、それは日本が戦争に負けたあとの話。本当の歴史、知りたくはない? それに、日本が繁栄していた時期に書かれた小説が私の家にはたくさんあるわよ。しかも、紙の本まで残ってる』

「紙の本?」

 さきほどから何度、驚かされたかわからない。

「記録を紙に残すは反人権的行為じゃないか。まさか……」

 だが、かつてはそうしたものが実在したという話は聞いたことがある。

 電脳が生まれる前、はるかな大昔のことだ。

『嘘だと思うなら、現物、見てみなさいよ。良い小説を書きたいなら、いろんなものを実際に見て、体験しなくちゃいけないのよ』

 恐怖がないといえば嘘になる。

 だが、光の誘いはあまりにも魅力的だった。

 それに光がどんな家に住んでいるのも興味深い。

「わかった……どうせ暇だし、神城さんの家に行ってみるよ」



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