第4話 接触
まだ心臓がばくばくいっているような気がする。
学校から家に帰宅しても、いまだに光の言葉が頭から離れない。
なにを考えて、彼女はあんなことを言ったのだろう。
何度も学校で問いただそうとしたが、結局、できなかった。
恐ろしかったのだ。
もともと光は高級学校でも、生徒の憧れの存在である。
常に周囲の注目をあびている彼女と会話するだけでも人目につくのだ。
まさかあんなきわどい話題を、衆目の中で話せるわけもなかった。
しかし不思議だ。
もととも神城光という少女には謎が多かったが、なぜ自分が書いた小説で人を殺したことを、彼女が知っていたのか疑問としかいいようがない。
あくまで個人識別認証は偽造したものなのである。
しかも光は「ついに殺した」と言っていた。
言葉通りに解釈するなら、それは「前から小説を読んでいた」ということを意味する。
少しずつ書き続けていた内容を、いままでも光は読者として読んでいたとしか思えないのだ。
そしてその時点で、すでにあの偽物の個人識別を見破っていたらしい。
幾つかの考えが浮かんだ。
彼女はひょっとすると、相当に人権序列が高い位置にいるのかもしれない。
人はみな平等な存在だが、だれもがなにをしてもいいというわけではないというのが人権主義の教えである。
その個人の人権への理解度により、序列というものが存在するのだ。
一般的には三つの区分が大亜細亜人権連邦には存在していた。
甲種、乙種、丙種とそれぞれ呼ばれている。
甲種はもっとも人権の理解度が高く、人権主義に貢献している国家の選良だ。
彼らには高い地位が与えられ、経済的にも豊かである。
その次が乙種だった。
等も、乙種市民である。
人口の大半は乙種といってもよかった。
ごく一般的な序列である。
残る丙種は人権への理解度が低く、反人権的な行動をとるものが多い。
丙種居住区といえば、危険な場所として知られている。
光は乙種市民のはずだが、そのなかでも特に人権序列が高いのかもしれない。
だとすれば彼女のさまざまな意味で恵まれた生活を送っていそうなことにも説明がつく。
事実、校内の生徒たちの多くは、光は甲種に限りなく近い乙種の家庭で育っているとみなしていた。
だとすれば、絶対人権委員会に近い位置にいることもありうる。
絶対人権委員会の真相は謎に包まれているが、甲種市民のなかから選ばれているという説が有力だ。
彼らは絶大な力を持ち、人々の人権保護と社会秩序維持のために働いている。
そのため、さまざまな情報を自在に閲覧されるということだった。
もし光の人権序列が高ければ、気になった小説の書き手の偽造した個人識別認証から、本人がだれかを特定することが可能なのかもしれない。
ただ、もう一つ、突拍子もない可能性がないとはいえない。
しかしあれはただの噂、というよりは伝説のはずだ。
その瞬間、左手に装着していた携帯電脳から着信音が聞こえてきた。
目の前に仮想画面が展開される。
音声通話を相手は求めているようだ。
相手は「乙種 女性 神城光」と仮想画面に文字が表示されている。
噂をすればなんとやらだ。
また胸の鼓動が高まってきた。
全身の毛の逆立つような恐怖と、光と話せるという期待が交じり合った奇妙な感じだった。
受信すると、光の声が聞こえてきた。
『もしもし、平くん?』
「あっはい……た、平です」
『そりゃそうよね。あなたのところに電話したんだから』
楽しげな光の声を聞いて、等はかすかな違和感を覚えた。
声は確かに光のものに間違いないが、学校とで話し方の印象がまるで違う。
いつもの光は、まず滅多に話すことなく、たまになにかを口にしてもごくおとなしい。
だが、いまの光はひどく明るく、まるで別人のようだ。
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