第3話 露見

 敵性語には反人権的な思想をもつ語彙が多数、含まれており、あまり学びすぎると反人権思想に毒されることもあるからだ。

 米帝の英語、酢羅不連合の露西亜語、欧州諸国の独逸語や仏蘭西語などが含まれる。

 いずれも帝国主義国家であり、大亜細亜人権連邦の侵略を狙っている国々だった。

 もっとも等にとっては縁のない言葉である。

 今は日本語だけ使えればそれでいい。

 どうせ日本語で小説を書いているのだから。

 ただ、問題はその内容だ。

 退屈な授業ではなく、いつしか等の思考は自分の書いた小説へと向かっていった。

 はじめは、ごく普通の学生生活を描いたもののつもりだった。

 架空の主人公が、女の子と恋に落ちる。

 ごくありふれた仮想創作である。

 当初のうちは、反人権的要素などかけらもないものだった。

 仮想空間のどこにでも転がっているような、さわやかな恋愛モノだ。

 しかし、途中から、だんだん等は奇妙な感覚を抱くようになった。

 いつのまにか、登場人物がまるで自分の意思をもって動いているように感じられてきたのである。

 彼らには人権が与えられているとは、やはり現実の人間とは違う。

 作者である等の思い通りに動くはずなのだ。

 だが、実際に文字入力を続けていくと、なにも考えていないのに勝手に話が進み、想定もしていない科白を登場人物たちは話すようになった。

 はじめのうちはそれを楽しむ余裕もあったが、だんだん怖くなってきた。

 しだいに、物語そのものが暴走を始めてきたのだ。

 ごく普通の主人公は、気がつくと周囲の登場人物とさまざまな軋轢を抱え始めていた。

 恋人だと設定した少女を巡って、友人たちとの恋の駆け引きが始まったのだ。

 話はどんどんエスカレートしていき、ついにはかつての親友と、学校の屋上で話をつけることになった。

 そこで話し合いをさせるつもりだったが、文字入力をしているうちに、主人公たちは自らの意思を持つかのようにまた独自の動きを始めだしたのだ。

 入力に没頭し、冷静になったときには、主人公は友人を屋上から突き落としていた。

 殺人を、犯したのである。

 親友として設定した登場人物は、当然、人権を持っている。

 この場合、主人公に責任は行かない。

 そのような表現をした作者、つまりは等じしんが殺人を行った、と見なされるのだ。

 もちろん入力した情報は削除できなかった。

 連邦では、私的な情報の記録は反人権的として禁止されている。

 すべての個人記録は公的な仮想空間に保存されるのだ。

 細かい誤字の修正といったことは可能だが、話の内容そのものを書き換えることは無理だ。

 唯一、救いがあるとすれば、今回の小説を書くときに使った個人識別情報が、偽造だということだった。

 露見すればこれも反人権的と見なされるが、殺人に比べればまだだいぶましだ。

 実際のところ、多くの仮想創作の作者はほぼ偽物の個人識別情報を使ってるといっても過言ではない。

 そうした情報の偽造法はいくら絶対人権委員会が取り締まろうとしても、イタチごっこのようなもので、次々に新しい手口が生み出される。

 ただし今回の等の場合、内容が内容である。

 絶対人権委員会があの小説を発見すれば、重大事案として本気でこちらの個人情報を割り出してくるだろう。

 もしばれたらと想象するだけで恐怖に吐き気がする。

 隣の席の光が、ふとこちらの耳元にささやきかけてきた。

「ところで、平野くん……あの小説で、ついに人、殺しちゃったけど、一体、どうするつもりなの?」



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