&alive

ハーモニ

プロローグ 色彩

 鮮やかな緑色が視界を埋め尽くす。ふかふかとした芝のベッドに顔を埋めながら私は深く息を吸い込んだ。日光を沢山吸い込んだ芝生は、心地よい安らぎの匂いを私にくれる。


 此処は教会の裏。意外と誰にも気付かれない、もとい、必要性も無いから誰も来ない、日当たり良好な私のサボり場だ。


 芝の匂いを堪能しきったところで、体を反転させて、空を仰ぎ見る。雲一つない青空に少しだけ目が眩む。まだ春先とは言え、だぼついた修道服では今日の季候は少し暑いくらいだ。とはいえ、この心地よさには抗えず、ゆっくりと瞼を降ろしてしまう。

 ああ、欲を言えば、暑さよりも、微かに耳に届く、祈りの言葉の方が余程不快だから、こちらを先に無くしたいモノだ。




 見渡す限りのアオイロに、流石に少しばかり辟易する。

 空の蒼さと海の碧。加えてセンスの欠片もない船の青い装飾。本当に嫌になる。


 船旅を始めて一月余り、最早慢性的に訪れる船酔いも相俟って、流石に陸地が恋しくなってきた。


 幸い、ここまでに天候が大荒れする事もなく、平穏な船旅ではあった。しかし、現状をしてそれも少し恨めしい。折角の長旅だ、物語のようなスペクタクルの一つや二つあったって良い。怪物とか海賊に出会すのも男の子の浪漫ではなかろうか!

 なんて、不穏当なことを考えてしまうほどに退屈な旅路も、その実、終わりが見えてきていた。まだ、水平線の彼方にぼんやり見える程度でしかないけれど、新天地は確実に視認できている。決して、既に子供なんて呼ばれる年ではないけれど、逸る自分の心が、少年の頃のそれに酷く似ているなと感じて少し苦笑した。




 気が付くと其処は色と音を失った、見覚えのある部屋だった。目の前には少女、幼い頃のレイアが玩具を手に遊んでいた。


 簡単な話、夢である。俺とレイアは現在十八歳。けれど、目の前の彼女はおそらく六歳の頃の姿だ。ああ、それなら俺は、この夢の顛末をきっと知っている……


 突如として、音の無い世界に轟音が響く。ノックとはとても呼べない程の荒々しい扉を叩く音。レイアと二人して玄関へと歩を進める。夢だというのに、俺の意思は全く反映してくれないのは何処にクレームを入れればいいのか。

 やがて、玄関にたどり着き、「はーい」と間の抜けた声を上げながら、扉を開くと、

 人の姿を保ちながらも、その全身は腐り落ちた姿の化け物が……!


「いやいやいや、何故に急にホラーになった!?」

 予想外の夢の展開に慌てて飛び起きる。動悸を抑えるため、深呼吸を繰り返しながら、部屋を見渡す。茶色、紺色、肌色。様々な色をその目に映して、今日が何でもない普通の一日でなることを切に願いつつ、二度寝と洒落込むことにした。




 慟哭、歓声、断末魔。反響しながら洞窟を蹂躙する悲喜交々。胡乱とした意識の中、その音だけが現実への寄る辺となっていた。


 動かないと……両腕は縛られ吊されている。

 助けないと……その為の力が自分には有る。

 守らないと……それはきっと自分の存在意義なのに……


 声が聞こえる。呼び掛けるような、悲痛さを伴った声。それを受けて何時の間にか手放してしまっていた意識を再び取り戻した。

 状況確認。眼前には男性と思しき見知らぬ人が二人。遙か後方に九人程でナニカに布を被せている。

「良……た。……付い…ね。此処にいた……団は…圧したか……心して」

 眼前の人間がナニカ言っているが殆ど耳に入らない。視界、意識、思考は全て布に隠されたナニカに向かっていた。

 元々は白かったであろう布は所々黒っぽく変色していて、それが嫌な予感を増長させる。そしてその予感は、的中する。して、しまう。布を被せたナニカを運ぶ際に、少しだけ布がめくれた。そこから見えたのが、七割以上を黒く染めた、生気のない、それでいてよく見知った顔だった。

「ーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 叫んだ。理解を拒みたくて、衝動の赴くままに言葉にならない声をあげて叫んだ。震えが止まらない。頭を抱え込んで、このよく解らない感覚に抗う。すると眼前の男が心配そうに顔を覗き込んできた。ああ、そうかコイツラが……

「どうしたの?大丈夫、おじょ」

 そして目に映る全てを切り裂いた。



 序章 色彩 終幕

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