第4話 智美さん、頑張れ。

「さて、では続きだ。橋本さん。あんたはあのフィギュアが欲しかった。だから今回、自分で部屋を荒らして、窓ガラスを割ってまで、わざわざ盗まれたフリをした」


「ふう。まったく……何を言い出すかと思えば……証拠でもあるのでござるか? 拙者がやったという、確たる証拠が! なければ打ち首獄門さらし乳首でござるよ」


「ある。あと、さらし首ね」


 静は窓に向うと、そこから地面を見下ろした。


「この窓ガラスの状況をよく見て欲しい。ガラスは部屋の中に向って、砕けている」


「当たり前だよ。だって、外から侵入したんだろ?」


「侵入したかはさておいて、確かに外から窓ガラスを割ったのは間違いない。そして、それを裏付けるように、地面にはしごの痕があった。だが問題は、そこにある」


「うむむ。確かに、はしごの痕があるでござる。しかし、どこに問題が?」


「昨日雨が降ったことは前述しているが、地面がどろどろになるまでの降水量ってわけじゃない。それなのに、はしごの周囲だけ水気がたっぷりだ。まるで、はしごの痕を目立つようにするために」


「!!!!」


 智美は興奮気味に何かを叫んだが、ガムテープのおかげでそれは声にならなかった。


「そ、それが……どうしたのでござる」


「周りの地面はすでに乾き始めているのに、あの部分だけ何故か、水気を多く含んでいる。たぶん、バケツか何かで水をぶちまけたんだろう。このはしごの痕をわかりやすくして、一緒に戻ってきた大森さんに見つけてもらうために」


「ち、ちが!」


「大森さんたちが聞いた、ドスンって音は、あのゴミ袋が落ちる音。それは、そこの智美ちゃんが壁をブチ破ったあと、発生させたと勘違いしてたあの震動だった。あんたは、その音を聞いて、部屋を開けた後、自分で荒らした部屋へ戻って、フィギュアが盗まれていることにしたかった」


 突然、室内にビリビリと音が響いた。それは智美が自力で、しかも、口の力だけでガムテープを引き裂いた音だった。


「はふう~~。んもう、静ちゃんってば、照れ屋さんなんだからあ……。あ。それとね。ガムテープちょっとゆるいよ。あたしも妹の口よくこれで塞いだから、わかるんだけど――ふぎゅ!?」


 静は何も言わずに、智美の口へ再びガムテープを貼り付けた。今度はX字に貼って、より厳重に封印している。


「!!!!」


「でもこんな幼稚な小細工、警察が見たら一発でばれるだろう。しかしそこは問題なかった。たぶんあんたは、大森さんが警察沙汰にされたら困るのを知っていたんだ。だから、今回……盗まれたフリをして、いろはちゃんを自分の物にしたかった。つまり……自演乙」


「橋本? 今の……本当か?」


 橋本は急に床へ倒れた。そして、そのまま頭を懸命にこすりつける。


「も、申し訳ござらん! 大森殿、ほんの出来心だったのでござる! だって、だって、いろはたん見てたら、拙者の顔に訴えかけてきたのでござるよ。『いろはね、はっしーおにいたんと、ずっとずっと一緒にいたいにょ』と!」


「うん。わかるよわかるよ、その気持ち。俺もいろはたんと毎日寝てるからね。枕カバーも、布団カバーも、抱き枕も、全部いろはたんだから」


 ぽんぽん、と肩を叩いたのは静だった。そのイケメンフェイスは、何故か仏のような慈愛に満ちている。


「でも、盗みはよくない。いろはたんは、みんなの妹だからね。そして、いろはたんを愛する僕らは、皆がいろはたんのおにいたんだ……だから……大森さんに返してあげるといい。みんなのいろはたんを」


「ひ、姫宮氏……お、おおおおおお。拙者が間違っておりました!」


 橋本は泣き崩れた。なんだか、安っぽい深夜ドラマの三流役者の演技のように。


「大森さんも、許してあげてよ? いろはたんだって、大森さんのそんな怖い顔で、愛でられたくないと思うからさ」


「う……確かに。いろはたんが愛するのは、平和と正義と優しさ……! こんな欲情にまみれた僕を受け入れてはくれないだろう……橋本。もういい、顔を上げてくれ。一緒に、いろはたんを……」


「うううううう。大森殿ーーーー!」


 橋本と大森は抱き合った。どうやら、一件落着らしい。そして、ごそごそと冷蔵庫を開けると、まるで仏壇に供えられた仏像のような、ピンクの髪色をした女の子の人形が出てくる。


 ニ人はそれをテレビの上に置いて、DVDBOXからディスクを取り出し、鑑賞会を始める。


 静は温かい目でそれを見守ると、智美のガムテープを剥がした。


「終わったよ? さ、俺達はお暇しよう。彼らの邪魔はできないからね」


「え、う、うん……」


 外に出ると、智美の目の前にアフリカ大陸よりも広大な静の背中が広がっていた。その上にはさらさらと、まるでシルクのような金髪が風でなびいており、智美は思わず抱きついた。


「何、急にどうしたの、智美ちゃん? 例のプロレス技でも、かけてくれるの?」


「ううん! 違うの!! 静ちゃん……あたし、一目惚れしちゃった! この気持ち、抑えきれないの……お願い、あたしと……付き合って!!」


 智美は思いの限りを叫んだ。


 ふと、静は体を動かした。そして、智美の頬を優しくなで、引き寄せる。


「し、静ちゃん!? そ、そんな……こんなところで……」


 静の端正な顔が、艶かしい唇が智美に迫った。そして――。


「俺、ロリコンだからダメ。スク水を着た、十年前の君に出会いたかったな」


 と、言われた。


 智美は砕け散った。恋心とともに。


「じゃあね、智美ちゃん。例の穴の件、ちょっと黙ってよう。俺今、金ないし」

 そう言って、静は階段を下りていった。


「うわあああああああああああああん!!」


 智美は泣いた。泣きまくった。


 そして、部屋に戻ると、宅配を頼んでおいたピザをすべて平らげて、チーズとサラミを顔にくっ付けたまま天井を睨みつけ、決意を新たにした。


「静ちゃんをロリコンから立ち直らせよう! あたしという、魅力的な女性が目の前にいるんだから! 絶対絶対、好きだと言わせてくれるわ!! 見てなさい、姫宮静! く……ふふふふふふ!!」


「聞こえてるんだけど?」


「ぎゃあ!? 静ちゃん!」


 静がカレンダーをめくってのぞき込んでいた。


「ほんと、面白いよねー智美ちゃん。ま、これからもよろしく。あ、そーだ。ペスカトーレ作りすぎちゃったんだけど、食べる?」


「食べます!!」


 智美は元気にお返事した。


 ~終~

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智美、オーバードライブ! 岡村 としあき @toufuman

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