第3話 智美さん、暴走しすぎ。

 一人称が拙者の男が橋本で、一人称が僕の男が大森というらしい。フィギュアを預かっていたこの部屋の主、橋本の家に、大森が本日ニ時に訪れる予定だったという。


 その目的は、大森が大学のゼミ合宿で、家を空けている間に預けておいた、フィギュアを受け取りにくるためだった。橋本が一時半に大森を迎えに行って、部屋に戻ってみれば、すでに部屋は荒され、現金とフィギュアが盗まれてしまった……それがこの事件の概要らしい。


「だから言ったんだよ! 金庫を買ってそこに入れておけって!」


「ぬ、盗まれてしまったものは、仕方がないでござろう!」


「まあまあ、落ち着くでござるよ。……って、あたしまでうつったじゃない。とにかくさ、一度警察にでも連絡したら? 仮にも強盗なんだし、これ」


 智美がなんとなく言ったその言葉に、大森は顔を真っ青にした。


「い、いや。それは……ちょっと。だって、もしあのお金でフィギュアを買ったことがバレたら……ママに怒られちゃうよ、僕。それだけは……」


 大森はうつむいたまま、黙りこくった。沈黙が部屋に満たされる。


「ちょっとお! あんた男でしょ、はっきりきっちりしっかりしなさいよ! ちゃんと付いてるの!」


 智美が胸倉をつかむと、大森は観念したのか、いやいやしゃべりだす。


「いや、実は……あのフィギュアを買ったお金。就職活動をするのにスーツが必要だからって、ママにウソ付いて手に入れたお金なんだ……だから……警察沙汰にでもなって、ママにバレたら、僕……お尻ペンペンされて、家を追い出されちゃうよ」


「お、大森殿? 本当でござるか、それは? 拙者にはアルバイトをして貯めた銭であると……」


「と、とにかく! 警察はダメだ! そうだ。犯人は、まだこの近くをうろついているかもしれない! なあ、頼む! 捕まえてくれよお。お金なら、なんとか出すから!」


 大森は急に土下座をして、智美にひれ伏した。


「うーん。でも、あたし、犯人の顔も知らないし、フィギュアがどんな物かもわからないよー」


「盗まれたフィギュアは、魔法少女リリカルいろはの主人公、滝町いろは」


「え?」


 静が窓の外を見ながら、呟いた。右手に火の付いたタバコ、左手にピンク色の、可愛らしいアニメ絵の女の子が描かれた箱を持って。


「こいつは、第二十三話に登場したアルティメットいろは覚醒スク水VER。原型師はやまださとる。初回限定版のみ付属するアイテムと、生産数の少なさから、現在ではほぼ入手不可能かつ、幻の一品となっている」


「おお! フィギュアの箱を見ただけで……姫宮氏、なんとお詳しいのでござろう!」


「百万のフィギュア……ね。欲しがる奴は確かにいるわな」


 静はタバコを口にくわえながら、智美の隣にやってきた。


「な、なんで静ちゃん、そんなに詳しいの?」


「何でって、そりゃ――」


 静は携帯を取り出すと、待ち受け画面を見せた。そして、子供のように無邪気な笑みを咲かせる。


「俺も持ってるから。いろはちゃんさいこー。俺もあんな妹欲しい」


 爽やかに笑って即答する静。その姿に、智美はハートを打ち抜かれた。


「は、あははは。男の子は多少、オタクっぽいほうが、かっこいいよね! あたしはそういう趣味の人も、いいかなーって思うよ!」


「じゃ、じゃあ拙者も……」


 体をすり寄せてきた橋本に向って、智美はドスの利いた声で囁いた。


「ただし、イケメンに限る」


「む、無念でござる……」


 消沈した橋本を横目に、思い出したように智美は携帯を取り出した。


「あ、そうだ。電話しなきゃ!」


「ちょ、ちょっと待って! 警察だけは」


 悲痛な叫び声を上げた大森を制したのは、静だった。


「電話、待ってくれないかな、智美ちゃん。俺、犯人がわかったんだ。この中に……犯人がいる」


「え」


「な?」


 一瞬、部屋の空気が凍りついた。大森と橋本は顔を見合わせたまま、微動だにしない。


 智美は依然、電話を耳にあてて通話しようとしていた。


「とりあえず、警察に連絡するの待って、智美ちゃん」


『はい。ピザパケットです』


「あー。テリマヨピザLLと、シーフードピザLLとお、チキンミックスピザLL。ネギマヨスペシャルLLもお願い。あ! あと、お好み焼きと、コーラ!」


『はい、ご注文は以上でよろしいですか?』


「以上でーす! 超特急でお願いしまーす」


 電話を切ると、智美は注目されていることに気がついた。


「ん? なあに? だって、お腹が空いたんだもん……あ! あげないからね!?」


「いや、何でもねー。とにかく、この中に犯人がいる。それを俺が今から……証明してやる」


 静は鋭い瞳を輝かせ、タバコを携帯灰皿に押し付けた。


「しょ、証明って。これは……どこからどう見たって、泥棒の仕業じゃないか! 部屋も、こんなに荒されて……僕達ニ人は、被害者なんだぞ!」


「そうでござる! 拙者も、なけなしの銭を盗まれたのでござる!」

 橋本と大森は、鼻息をバズーカのように発射して、静に暑苦しく詰め寄った。

 静はニ人を手で制すると、窓の外に視線を逸らし、口を開く。


「だから、それを今から証明してやるのさ。じゃあ……まずは部屋の状況から。事件現場は、橋本さんの部屋。広さは四畳半。入り口は玄関のドアのみ。窓が一つあるが、地上まで数メートルの高さがある。さて、問題はここで何が起こったか、だ。橋本さん、帰宅した時の状況をもう一度説明してくれ」


「はあ……。拙者と大森氏が階段を昇って二階に上がった時、何かがドスンと落ちる音が消こえて……妙な胸騒ぎがして、急いで部屋に戻ったのでござる。そして、カギを開けて入った時、部屋が荒らされて、窓ガラスが割れていたのでござるよ」


「そして、部屋からフィギュアは盗まれていた」


「そうでござる」


「わかったわ!」


 突然、智美は閃いた。不敵に唇を歪ませ、偉そうに腕を組むと、わざとらしく咳払いをする。


「犯人はこの窓を割って侵入し、フィギュアを盗んだ後、ここから逃走しようとした……しかし、誰かが階段を昇ってきたのを感じ取って、焦った犯人は窓からうっかり足を滑らせ、そのまま地面に、どすん! その音を橋本さん達は聞いたのよ!」


「そうだね……状況を考えればそうなるだろう。しかし――」


 静に見つめられた智美は、一瞬固まった。イケメンレーザーが智美に直撃する。


「犯人は一体、どうやって侵入したのか。ここは二階だ。玄関から入っていないのなら、窓から侵入するしかない。しかし、侵入するにはこの高さまで昇らないといけない。そのためには……」


「わかったわ!」


 突然、智美は閃いた。握りこぶしを振り上げ、興奮した様子で窓に駆け寄った。


「犯人は、気合で二階の窓まで飛んだのよ! そして、窓ガラスをぶち破り、侵入した! うん、間違いない! だって、あたしならそうするもの」


 智美はジャンプ力に自信がある。中学生の頃、家の鍵を失くしてしまい、姉を踏み台にして、二階の窓を蹴破って侵入したことがある。その後、姉に関節をキメられ、晩ご飯のハンバーグを横取りされた智美に待っていたのは、地獄の正座三時間コースが約束された母の説教と、滅多に笑わない父の恐ろしい笑顔だった。


「世間一般を、君と同レベルにしないでくれないかな」


「ありゃ?」


 智美は、静にかわいそうな子を見る目で見られた。同じ様な視線が同時に橋本と大森からも発せられ、智美は固まる。


「犯人が一般的な身体能力の持ち主と仮定するなら、はしごでも使って昇るのが普通だ。今回もそうだったんだろう。昨日の夜、雨が降って地面がぬかるんだおかげで、くっきりとはしごの痕がついているしね」


「あ、ほんとだ」


 智美は窓から地面を見下ろしてみた。すると、確かに地面にしっかりと、はしごの痕が残っていた。


「んー?」


 確かにしっかりとはしごの痕が残っている。だが、周りの土は、さほどぬかるんでいない。それなのに、はしごの周囲だけ水気があった。


「何だろう、あれ?」


 そして、その横には、大きなゴミ袋が置いてある。


「わかったわ!」


 突然、智美は閃いた。頬を紅潮させ、まるで夢見る少女のように静の元へ駆け寄った。


「犯人は、サンタクロースよ! 季節はずれのプレゼントを届けにはしごを使って、橋本さんの家にやってきた。しかし、偶然見つけたフィギュアを気に入って、持って帰ってしまった……! 『いろはたんー萌えー。ムフフ』とか言っちゃって! うわあ、我ながらちょっとキモいかも。とにかく! そこを帰ってきた橋本さん達に気付き、慌てて窓から飛び出して、プレゼントの袋を地面に置き忘れていった。絶対そうよ! サンタさんはこの世に実在するんだから!」


 智美はサンタさんを実在すると信じてやまない。二十歳になった今も、クリスマスの夜、大きな赤い靴下を枕元に置いて寝る。中身が何も入っていない時は、『サンタさんも不況なんだな。消費税が上がってタイヘンだもんね』と、納得したりする。ちなみに去年は、『ブランドもののバッグと、牛丼十年分と、何でも言うことを聞く、従順でカッコカワイイ弟が欲しいから、代りに妹を返品します』と枕元に書いていた。


 しかし、智美は知らない。去年妹が同じように、『ブランドもののバッグと、牛丼十年分と、何でもお願いを聞いてくれる、優しくて爽やかなイケメンタイプの兄と、眼鏡の似合う知的なイケメンタイプの兄が欲しいので、代りに姉ニ人を返品します』と枕元に紙を置いたことを。


「智美ちゃんって、可愛いね」


「え!? やだ。静ちゃんってば……可愛いだなんて……おだてても、酢昆布くらいしか出てこないわよ!」


 智美はジャージのポケットから酢昆布の箱を取り出して、静に差し出した。ジャージの中には、常に酢昆布が入っているのである。


「ま。面白い冗談はさておき、あの地面に落ちている袋。あれ、何かな? 橋本さん」


「あは。静ちゃんに、面白いって言われちゃったあ……どうしよう!」


「は? 何故、拙者に聞くのでござる?」


 智美は無視された。


「あれを置いたのは、あんた。だろ?」


「何を言っているのか……さっぱりでござるよ」


「いや、正確には落とした、かな。ニ時きっかりに落ちるよう、時限装置でも作ってさ」


 突然、橋本の顔からみるみると血の気が失せていった。


「な、ななななななぜ、拙者がそのようなことを……」


「答えは簡単。犯人はあんただからだ」


「え!? うそ……橋本さんが……?」


「そう、この人が――」


「サンタクロースさんだったの!? ちょっとお! ブランドもののバッグまだあ? 牛丼も楽しみにしてたのに! 妹ならどうせ家で芋虫みたいにごろごろしてるから、いつでも持って帰っていいんだからね! 最近、彼氏ができたって言ってたし……畜生が、聡美コロス!!」


 ちなみに聡美とは、智美の一年年下の妹である。さらに智美の姉は一年年上で、名を千奈美という。


「智美ちゃん」


 静は智美に近寄ると、そっと肩に両手を乗せて、顔を近付けた。


「し、静ちゃ、ん?」


 そして、唇と唇が触れ合いそうなくらい接近して、甘く囁く。


「智美ちゃん。そのいけないお口、塞いじゃうよ?」


「!!!!」


「動かないで」


 智美は静に唇をふさがれた。初めての出来ごとに絶句する。


「はい、作業終了。当分黙っててね、智美ちゃん。話が全然進まないから」 

なにしろ、口にはガムテープが張り付いているのだから。

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