第7話 結婚、そして離婚

若者の生き血を吸って老人を生きながらえさせる学問の世界と決別して、甲斐性を身につけるべく、ネットの求人広告に応募して中小企業に入った。


求人サイトも出会い系サイトのようなものだったので、就職自体にはそれほど手間はかからなかったが、大学卒業の時に友人の地獄のような就職活動を見ていたので、クビにならないよう死に物狂いで働いた。


給料は安く、いきなり3-4人分の仕事を任されるなど(その上残業すると嫌味を言われる)、今考えるとブラックそのものだったが、食うことに必死だったので辞めさせられないためにどうにか仕事をこなしていた。



クライアントには信頼してもらえるようになったが、次第に都合よく自分をこき使う社長に不信感が芽生えた。


ちょうどその時期に、大学院に入る前に学費稼ぎでお世話になった大企業から「来ない?」と声をかけてもらった。



その企業の仕事は楽しく、ネットが大好きだった自分は頼まれたわけでもないのに企画書を書いて提出したりしていた。


それを覚えていた担当者がスカウトしてくれたのだった。


(自分が書いた企画書の機能はちょうどサービスに実装されたところだった。)



その頃、勤めていたブラック企業の社長の期待と甘えを履き違えた態度は度を越すようになっており(ロクに指示も与えないくせに少しでも彼の考えと違うことをすると社内で怒鳴り散らされたりした)、愛想を尽かしたこともあって声をかけてくれた大企業に転職することにした。


生活はかなり改善され、そこそこの給料を貰えるようになった。



まだまだ自分に甲斐性があると胸を張って言えるような状態ではなかったが、稼ぐことはできるようになったので、今度は長期的に付き合える女性を探そうと思った。


ここでまた出会い系サイトに立ち戻り、たまたま5つ下の女性と付き合うことになった。



彼女は東京から少し離れた場所に住んでいた。長距離恋愛というほどではなかったが、片道約2時間をかけて、毎週末彼女のもとに通った。


3年間付き合った元カノと同じく、彼女の仕事も看護師だった。しかし、それは本人が望んだ仕事というよりは親に勧められた「安定した仕事」としてやっていた。


彼女は田舎の抑圧された環境で状況を打破したいと、必死にもがいていたのだった。



自分は彼女と出会った時に、「彼女を解放するのが役目なのだ」と思った。



付き合っている間は多少ケンカもしたが、やはり週末はセックスばかりしていた。


この当時の最高記録は1日7回で、終電があったため時間切れになってしまった。



彼女はそこそこの恋愛経験があったが、あそこの入り口が少し狭く、充分にほぐしてあげないと、「痛い」と訴えた。


自分のモノは日本人としては少し大きめで、若い女の子には痛がられることがある。


そこで、セックスするときは毎回30分から1時間ほど舐めてほぐしてあげるようになった。


当初はクンニをそれほど好きではなかったが、上手くなるにつれて好きになり、今では挿入よりも好きなほどだ。



週末の往復は1年ほど続き、男女の関係は次のステップに進むかどうか、という段階まで来ていた。


自分は過去の経験から、女の子の期待に応えられず別れを繰り返すことをしたくなかったので、結婚を考えていた。


彼女は25歳で焦っていたこともあって、プロポーズは彼女からされた。すぐに同意して、彼女は上京することになった。


それから1年ほど同棲して、籍を入れた。



結婚生活は山あり谷ありでいろんな経験をしたが、転職後の仕事も楽ではなかった。何よりIT企業というのは水ものなので(何しろ当時は出来たばかりの産業だった)、スキルや経験を身につけることに必死だった。


IT企業のご多分に漏れず、マネジメントは形骸化しており、また当時は自分の能力も正しい仕事のやり方も分かっていなかったため、丸投げされる目の前の課題をこなすために平日は深夜にタクシーで帰宅、そして土日も出社して仕事をしていることが多かった。


妻には寂しい想いをさせた、と今は後悔している。



結婚生活が5年経った頃、親戚のトラブルに巻き込まれて訴訟沙汰になったり、自分がゼロから立ち上げて成功させたプロジェクトから突然外されたり、原因不明の病気になったりすることが重なり、ある日、彼女に「離婚届を書いて欲しい」と言われた。


元々彼女はメンタルが強いほうではなく、結婚生活は限界に近いと自分で判断したのだった。


彼女のストレスの原因となったトラブルは自分が招いたことではなかったとは言え、彼女のメンタルが強くないことは付き合い始めから分かっていて、また状況をすぐに改善できない自分の不甲斐なさを申し訳なく思っていたので、離婚届を書いて預けることにした。


体調がすこぶる悪い中、数ヶ月のうちに諸々のトラブルを落ち着けた。


その状況を見て、彼女は「離婚届を出さない」と言ったが、今度は自分の気持ちが折れてしまっていた。



これから自分が窮地に立ったとき、また彼女が先に限界に達して、同じようなことになるのではないかと思った。


数々のトラブルは自分が原因ではなかっただけに、その気持ちが変わることはないだろう、と思った。


妻との間には子供がいなかったので、離婚するなら相手のためにも早いほうがいい、と判断した。



ちょうどその後、東日本大震災があり、彼女のメンタルを落ち着かせる意味で1年ほど一緒に暮らしていたが、ある日、彼女が「出ていくところを見つけた」と言った。


自分は彼女を送り出し、一人で家を片付けることにした。


彼女を送り出した後、自分も引っ越して新しい仕事を始める予定だった。



二人で暮らしていた家は、荷物が片付いていくにつれて、少しずつ、入居したばかりの希望に溢れた頃の様子に近づいていった。


それがあまりにも辛くて、一部屋の隅を片付けるだけで週末を費やしたりもした。


ちょうど賃貸の契約更新が近かったので、引越し作業は急ぐ必要があったが、それにも関わらず一日中、ずっと布団に寝て天井の木目を眺めて過ごす日などもあった。今考えれば、あれは鬱状態だったのだろうと思う。



6年間一緒にいて、話し合いにも時間をかけた分、お互い離婚についてわだかまりはなかった。


離婚後も、話し合うことがあると会ってお茶や食事などをしたりしたが、それを見た友人がなぜ離婚したのか、と訊くほどだった。



別れてしまったが、お互いやれることはやった、と思っている。


彼女については、今もどこか遠くに住んでいる家族のような気がする。



今は看護師をやめて、本当にやりたかったデザイン系の仕事をしているようだ。


新しい彼氏も出来て、幸せそうに暮らしている。



結婚生活は全うできなかったものの、最初に付き合うときに感じた、「彼女を解放する」という役目は果たせたようだった。

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