第2話 性のブートキャンプ

初恋の後は、数年間病気で寝込んだのと、年頃で自我をこじらせて女の子から遠ざかっていた。


とはいえ、女性には興味があったので、大学に入ってからは接点を探し求めることになった。


友達は合コンだのサークルだのバイトだので彼女を見つけていたが、自分は同世代の女の子には全く関心がなかった。あまりにも子供っぽくて「女」を感じなかったからだ。



大学では当然同世代の女の子としか接点がなかったが、バイトも低賃金・長期労働を前提としたところにしか女性はおらず、単発の肉体労働で稼ぎを重視していた自分には年上の女性との出会いは「リアル」には存在しなかった。



そこで、当時普及し始めたばかりの出会い系サイトを使うことにした。


90年代後半のインターネットはまさに黎明期で、ほとんどの人が今や懐かしい「テレホーダイ」を利用していた。


混み合ったダイヤルアップで遅々として進まない通信環境では写真のアップロード/ダウンロードすらままならず、頼りになるのはテキストのみ。


掲示板に書き連ねられた自己紹介文を元に、この人はダメ、この人は良さそうだと想像で選んでメールを送っていた。



しかし、当時のネット人口は男9:女1という有様で、2ちゃんねるなどでは自分は女だと言うだけで「ネカマ」のレッテルを貼られる時代だった。


出会い系サイトでも女だというだけで毎日数百通ものメールが飛び込んでくるような状況だ。


まず数百通の競争率を生き残って読んでもらい、返信をもらい、すかさず返信を送って話を盛り上げる。このサイクルをマスターするために試行錯誤を繰り返した。



女性は恋愛には真剣である。


若く、カネもなく、世間を知らず、セックスも下手で(当時は自覚がなかったが)、ルックスも普通の自分には、恋愛経験の豊富な女性に相手してもらうには、「工夫」しかないと考えた。



いかに自分に興味を持ってもらうか。いかに自分が相手の女性に興味を持っていて、さらに自分は怪しい人ではないことを伝えられるか。


メールの文章でこれらが表現できれば、少なくとも相手の気が乗れば会ってもらうことはできる。


メールを書く時間はせいぜい数十分だったが、ああでもないこうでもないと、相手のことを想像しながらメールの文面を考えるのが楽しかった。


また、こうした工夫さえすれば出会いを掴める出会い系サイトは、自分にとって極めてフェアな戦いだと思えた。


徐々にメールの返信率が増え、やり取りが続くようになり、お姉さん達と会うことができるようにもなっていった。



ただ、出会い系サイトの黎明期はメンヘラの巣窟でもあり(自分は「地雷」と呼んでいた)、そうした人々を避けるための極めて鋭敏な察知能力が必要とされた。


当時の「メンヘラ」は、いま Twitter などでカジュアルに自称されるような「メンヘラ」ではなく、普通に境界例ボーダーの女性が跋扈するような状況だった。


彼女たちの破壊力はまさに「致命」的であり、一度でもセックスしたりさらに間違って付き合ったりすれば、本当に人生が終わってしまう威力を秘めていた。


境界例の女性は、犠牲者となる男を射止めるハントするのが生命線なので、見た目的にもセックスも魅力的なのがタチが悪かった。


当時2ちゃんねるで盛り上がっていた出会い系の情報交換の板では、実際に何人もの戦士たちが地雷を踏んで散っていくのを目撃した。



注意深く地雷を避けつつ、何人かのお姉さんに相手してもらう中で、特に印象的だったのが一回り上の女性だった。彼女は作家だった。


どうやら年下の男を食うのが趣味だったようで、恋愛というよりは「食われた」感じがした。


初めて会ったときは「おばちゃん感」があったので正直無理かな、とも思ったのだけど、流れに任せて食われてみると、簡単に年上の女の色香に狂ってしまった。



30代半ば以降の女性の性欲は、解放されれば男子高校生と同程度である。お互い時間が自由になる職業だったので、ただひたすらやりまくった。


ある意味でこの時期は自分にとって「性のブートキャンプ」であり、彼女は自分にとっての鬼軍曹だった。


クンニが下手だ、手マンが痛い、キスがダメ、挿入の角度が悪い、腰のリズムが良くない、と散々叱咤され、朝から晩までひたすら練習させられた。


そんなセックス三昧の日々を過ごすなかで、自分ではかなり技術が向上した気になっていたが、やはり30代の女性を満足させるには至っていなかったようだった。



クリスマスの日、サプライズ気分でバイト上がりの足で彼女の家にプレゼント片手に行ったら、なぜか入室を断られた。よく分からない言い訳を言う彼女が開けたドアのキーチェーンの隙間から、玄関に男物の靴があるのが見えた。


結局、部屋には入れてもらえなかったが、多くを悟った。



圧倒的な敗北感とともに、セックスが下手だと女の子は繋ぎ止められないんだ、と痛感した。



彼女とはそれっきりで、男を引き込んでいたことがバツが悪かったのか、別れの話し合いに応じようともしなかった。



そして、数年後、彼女が出版したエッセイに自分が登場していることを知った。


自分とのエピソードは彼女にとって不都合な事実は全て排除されて「綺麗な話」に修正されていた。人物描写で「こんな風に見えていたのか」と意外な発見があったが、本は買わずに立ち読みで済ませた。

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