信頼と挽回2『拡がっていく筋トレの輪。』



◇◇◇◇◇



 数時間後。塔の前にて。



「――というわけで、今日から先生も実験の手伝いをしてくれることになった」


「みんなぁ? よろしくだよぉ?」


 俺が紹介し、女教師が挨拶する。


「…………」

「…………」

「…………」


 ポーンやツインテ少女たち、筋トレ受講者らは芳しくない反応だった。


 まあ、評価は地の底だからな。


 妥当というか、然るべき態度というか……。


「み、みんなぁ? 先生もぉ、いっしょに頑張るからぁ? えいえいおぅ? なんだよ?」


 シーン……。

 見てらんねえ。


「先生、そのノリはダメって言ったでしょ。あと動きやすい格好で来るように伝えたよね。なんでそんなヒラヒラした服なの?」


「ええ? これでもぉ、一番あっさりしたお洋服だよぉ? お化粧もちゃんと薄めにしてきたしぃ?」


 レース付きのワンピースを引っ張りながら女教師が言う。


 うわぁ……。


「「「…………」」」


 ますます冷たくなる生徒たちの視線。


 イラッって効果音がここまではっきり聞こえるなんて。


 大丈夫かな……。


 ちょっと……いや、かなり微妙な雰囲気だけど。


 とりあえず頑張ってね。






 案の定、女教師と生徒たちの間にトラブルが起きた。



「何よ、さっきから! がんばれ、がんばれって! こっちは最初から頑張ってるっての!」


 ブチキレたのはツインテ少女だった。


 息を切らしながら怒鳴っている。


「のほほんと見てるだけで! あんた、あたしたちのことバカにしてるんでしょう!」


「そ、そんなことないよう……? ただ応援したくってぇ……」


「あたしたちは真剣に魔法を覚えたいの! あんたのいい加減な授業で無駄にされた時間を取り戻して、期待して送り出してくれた地元の皆に報いたいの!」


「い、いい加減だなんて……」


「だったら、あんたも筋トレやってみなさいよ!


「あう……」


「グレン君が言わなきゃ、あんたが近くにいるだけで我慢ならないっていうのに……」



 女教師を庇う生徒は誰もいない。


 気まずそうに目を逸らす者はいるが、ツインテ少女を諭す者は皆無だった。


 つまり、女教師が目障りだというのは彼女らの総意なのだ。



「できないでしょ? お高くとまってるあんたに、才能のないあたしたちと同じ泥臭いトレーニングができるわけ――」


「や、やるよぅ! 先生もぉ、みんなと一緒に筋トレェするよぅ!」


「はっ? あんた、ほ、本気なの……?」


「ほんきだよぉ!?」



 そういうわけで、女教師も筋トレをすることになった。


 拡がっていく筋トレの輪。


 いい汗かいてくれよ。



◇◇◇◇◇



 そして、いつも通り深夜遅くまで筋トレは続き――



「がんばれぇ……先生もがんばるからねえ……うっ……」



 バタッ。


 肉体的な疲労は回復魔法でリカバーしていたが、精神のほうが限界を迎えて女教師は倒れた。


 彼女は倒れるまで……最後までトレーニングについていったのである。



「…………」

「…………」

「…………」



 生徒たちは気迫に圧倒されて何も言えない様子だった。


 彼らは徐々に量を増やしてきて今日のメニューまで至った。


 女教師はそれを最初からこなしたのだ。



◇◇◇◇◇



 回復魔法で癒せるのは肉体的なものに限られている。


 精神的な疲れ――要するに脳の疲労まで取ることはできない。


 よって、トレーニング終了後は最低限三時間の睡眠を取らせるようにしていた。


 今はインターバルの時間帯。


 生徒らが休息している間、俺たちはラルキエリの研究室に集合していた。


「うう……皆がなかなか心を開いてくれないよう……」


 バテバテで床に寝転び、呻く女教師。


 すっかり消沈しているな。


「信頼は得ることは難しいが失うのは容易い。失い続けて底を突き抜けたあなたの評価は易々と覆らないだろう……なのだよ?」


 試験管を磨きながらラルキエリが呟く。


 さり気に含蓄のあることを言うではないか。


「まあ、一日二日でどうにかなるもんじゃないよな」


 とはいえ、今日の執念を見て彼らも少しは見直したと思う。


「ぐうぐう……」


 俺の慰めが届いたのかどうか。


 女教師は爆睡していた。

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