信頼と挽回3『ドライブはもっといいぞ』



◇◇◇◇◇



 翌日。



「いちにーさんしーとーらっく!」

「にーにーさんしーとーらっく!」

「さんよんーさんしーとーらっく!」



 掛け声に合わせてグラウンドの外側をランニング。



「よし、この次の周でひとまず休憩だ!」



 俺は彼らの後方をついて走り、数分おきに回復魔法をかけてやっていた。


 これなら膝や腰を痛めずに長時間走ることができる。


 もうすでに何十キロ走っただろうな……。


 女教師も死にそうな顔になりながら最後尾をヘロヘロくっついていた。


 今日はちゃんとジャージを着ている。


 購買で買ったんだろうか。


 ちょっとずつ受け入れてもらえるといいよな。



「次に前回の授業で僕の考案した魔法式の改良系を――」

「その術式の属性付与の記号には非合理的な要素が含まれるのでは――」



 グラウンドの中心では魔法実技の授業が行われていた。


 いつか自分たちもあそこに……そう思いながら平民生徒たちは身体を鍛えてるのだ。



 ランニングを終え、グラウンドの隅っこで休憩中。



「ふん、落ちこぼれどもが学園の品格を貶めるような真似をいつまでやるつもりだ?」


 授業を終わらせた魔法実技の教師が絡んできた。


 今日も変わらず髪の毛がべたっとしている。


「はあ、ここはなんだか臭いな。魔術を極める者として、知性の欠片もない連中はこうも野蛮な汗を滴らせているものなのか」


 魔法実技の教師は鼻を摘まみながら嫌味全開で嘲笑ってきた。


 運の悪いことに、ラルキエリもルドルフも違う班を見ていてこの場にいない。


 エルーシャも自分の授業を受けているので不在。


 ひょっとしたら、だからこそ魔法実技の教師はあえて今突っかかって来たのかもしれない。


「…………」

「…………」

「…………」


 ポーンたちは沈黙を貫いていた。


 彼らには逆らって怒らせてはまずいという意識が働いているようだ。


 口を閉ざして魔法実技の教師が離れていくのをただ耐えていた。


「こんな粗暴な真似を恥ずかしげもなくできるとは。落ちこぼれは心まで卑しいのだな?」


 クククッと気味の悪い笑い声を上げる魔法実技の教師。


 この前まではこれほどあからさまに馬鹿にしてこなかったのだが……。


 ラッセルが筋トレ理論に真っ向から不快感を示したことで強く出てもいいと思ったのかね。




 決闘に臨む前に彼らを精神的に潰されたらたまらない。


 直接の暴力は働けないが少し黙らせるか。


 俺がゆっくり立ち上がると、



「お、落ちこぼれなんてぇ、言っちゃダメなんだよぅ!?」



 女教師が叫んだ。


 え……ここであんたなの?



「むっ? 君は基礎魔法の……なぜ君が落ちこぼれたちと混じっている? しかもその恰好は……魔導士にあるまじき汗や泥に塗れて――」



「みんな頑張ってぇ? 頑張ってるんですよぉ!?」



 ぷるぷる震えながら女教師は魔法実技の教師に詰め寄っていく。



「わたしもぉ? 昨日から参加してるケドォ! すっごくきつくて大変でぇ!」


「うわっ、なんだ!? なにをする!」


「これからなんですぅ! みんな、まだまだこれからなんですよぉ!?」



 ぺちぺち。ばしばし。


 女教師は魔法実技の教師を弱々しいパンチで叩いていく。


 …………。



「がんばる方法がわかってればぁ……成長できるんですぅ! えいえい、ぽかぽか!」


「いたっ、やめろ! 叩くな! ちっとも痛くないけどやめろ! 鬱陶しい!」



 相変わらずブリブリなのはうざったいが、それでも基礎魔法の生徒たちを庇っている。


 ポーンやツインテ少女ら、生徒たちは困惑して眺めているだけしかできない。



「今まで結果がでなかったのはぁ……全部ぅ、わたしが悪かったんですよぉ? だからみんなを責めないでぇ……わああぁん……」



 めそめそ、しくしく……。


 女教師は泣き出してしまった。


 どうすんだよ、これ……。




 やがて、騒ぎを見つけた他の生徒たちが野次馬のように集まってくる。



「おい、あの先生、泣いてるぞ」

「もしかしてゼブルス先生が泣かせたの?」

「あの陰険な男、やっぱりそういう性格だったんだ」

「自分より若い女教師をいじめるとか趣味悪くねーか?」



 ヒソヒソヒソ……



「なっ、私は……!」



 魔法実技の教師は一瞬で悪役にされていた。


 やっぱり見た目の清潔感とかって大事だよね。


 若くて美人な女教師と髪がべたべたした不潔な男。


 傍目から見てどちらが悪に見えるかと言えばまあ後者なのである。


 次々と刺さっていく非難の目線。



「崇高な魔術を研究している私に基礎魔法のヘボ講師ごときが恥を……っ!」



 怒りに任せて実技魔法の教師は手を振り上げる。


 その手は言わずもがな。女教師を叩こうとしていた。


 しかし、その手は途中で止まる。



「……!? 貴様ら……」



 筋トレ受講者の生徒たちが女教師を取り囲むように集まって実技魔法の教師を睨んでいた。


 一人ずつでは弱い立場でも、これだけ団結して寄れば脅威として映るのだろう。



「ぐぬぬ……」



 無言の圧力に押し負けて魔法実技の教師は手を下ろす。



「いいか! 今度の決闘で君たちが敗れることがあれば、その時は君のことも理事長に報告して責任を追及してやるからな!」



 捨て台詞を残して魔法実技の教師、ゼブルスは去って行った。


 プライドの高い男だ。


 いつか筋トレをやらせて改心させねば……。




「み、みんなぁ……」


 生徒たちが自分を庇ってくれたことに気が付いた女教師は目をウルウルさせた。


 だが、


「別にあんたのこと先生と認めたわけじゃないからね……勘違いしないでよ!」


「う、うん……そうだねぇ……」


 女教師は昨日のラルキエリの言葉を思い返しているのだろうか。


 目を伏せて寂しそうに頷いた。


「……でも、筋トレを一緒にする仲間だってことは認めてあげる」


「…………!」


 ツインテ少女、それはツンデレというやつだな。




「よし、休憩も済んだし、次はサーキットの筋トレだ!」



「「「はい!」」」



 俺の号令で動き出す生徒たち。



「うふふぅ? 疲れたらぁ、わたしがぁ、みんなに回復魔法かけてあげるんだよぉ?」

「だから、そのふざけた喋り方をどうにかしなさいよ!」

「ふぇえん……普通にぃ? してるんだよぅ?」



 笑いに包まれる一同。


 女教師は少しだけ、信頼を取り戻せたってことでいいのかね。


 雨降って地固まる?


 やはり筋トレは心を澄ませ、わだかまりを取るのだ。


 けど、ドライブはもっといいぞ。


 いつかみんなと青空の下を走ってみたいものだ。



 そのためにはもっと鍛えてやらないと。




 そんな感じで、ちょっとだけ人間関係に変化を加えながら時は過ぎ――


 いよいよ、決闘の日がやって来た。

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