信頼と挽回1『そりゃエルフなので人じゃないですが。』



 寵児の名を持つラッセルに決闘を申し込まれ、それを数日後に控えたある日の朝。


 俺は学園の敷地にある森の中を散歩していた。


 ふう……たまにこういう緑のある場所を歩きたくなるんだよな……。


 ひょっとしたらエルフの身体が本能的に自然を欲しているのかも。


 この前は少し壊しちゃったけど。



 木々の隙間から朝日が漏れる。



 ――チュンチュン……

 ――キシャアアアッ……

 ――グルルルルッ……



 森の動物たちの声が聞こえた。



 バキバキッ……。

 ミシィミシィ……。

 ズシンズシン……。



 動物の蠢く音。生命がそこにいる証だ……。森に行くって言ったらメイドさんがあそこは危険な場所だとか、深淵がどうとか言ってたが、いたって普通の森じゃないか。むしろ大自然を間近に感じられて心地がよいくらいだ。まだ浅めの場所だというのに森の深くにいるような懐かしさを覚える。




 鼻歌を歌いつつ、たまに飛び出してきた魔物を跳ね飛ばしながら森の散歩を続ける。


 むむっ?


 誰かが木のうろで丸くなって寝ているの発見した。


「くすんくすん……」


 高い声。女性のようだ。泣いているのか? 近づいて顔を覗き込んでみる。


「あれっ、この人って基礎魔法の……」


 そこにいたのは基礎魔法の授業を担当していた若い女教師であった。


 なんでこんなとこにいるんだ?


「あの、大丈夫ですか?」


 普段は手入れの行き届いた艶やかな金髪はボサボサ。


 頬や衣服には泥がこびりつき、化粧で塗りたくられていた顔もスッピンで若干幼く見える。


 鼻が痛くなるくらい漂っていた香水の匂いもせず汗臭い。


 いつも目障りなくらい身だしなみに気を遣っていた彼女がこんな姿で外にいるとは。


「おーい、大丈夫ですかー」


 彼女にはあまりよい印象を持っていない。


 だが、ここまで平時とかけ離れた状態でいればさすがに心配だ。


「ああ、幻聴が聞こえるよぉ……。こんなところに人の声がするわけないもんね……」


 起き上がる体力もないのか、こちらを見ることもせずブツブツ……


 そりゃエルフなので人じゃないですが。


 ここまでボロボロなのは魔物に追いかけられたりしたのかな。


「ついにお迎えが来ちゃった……うふふ。わたし、ついに死んじゃったんだぁ……」


「おい……」


「ううん、でもそのために深淵の森に入ったんだもん、これでよかったんだよぅ……」


 ホント、何があった。


 これは穏やかじゃない。


 そういえば前世の世界でも自殺の名所として森が人気だったとかそうでないとか。


「悪いことは言いませんから帰りましょう? 道に迷ったなら俺が案内しますよ?」


 俺は優しい口調で声をかける。


 これから散歩コースになるかもしれん場所で顔見知りの死体が残っていたら歩きづらくてしゃーないしな。


「でもねぇ? 戻っても何もいいことないんだよぅ?」


 めそめそ……。


 また泣きべそをかきだす。


 めんどくせえなぁ。


「わたしねぇ、これでも学校の先生をしてるんだよぅ? でも、生徒のみんなからぁ、なぜかあんまり好かれてないみたいなの……」


 なぜか……だと!?


 俺は思わず耳を疑った。


「基礎魔法のみんなにはねぇ? わからないことがあったらいつでも質問に来ていいよって言ってたんだよぅ? けど、誰も聞きに来てくれなくてぇ? 最近は……ついに授業にすら来てくれなくなっちゃったの……!」


 …………。


 彼女は涙でよく前が見えていないのだろう。


 俺がその授業をすっぽかした一人であることに気が付いてないようだ。


「おかしいなぁ……これでも頑張ってたんだけどなぁ……どうしてこうなっちゃったんだろ。やっと、先生になれてぇ……みんなと一緒に勉強していけたらいいなぁって思ってたのに。やっぱり失敗ばっかりしてるからぁ……みんな嫌になっちゃったのかなぁ」


 失敗とか、そういう次元の話で済むクオリティだっただろうか?


 あの授業じゃ見切りをつけられて当然だとは思うが。


「先生がキレイなほうがみんなのやる気が出ると思ってぇ、毎日お化粧とか髪型とか頑張ってセットしてたんだよぉ。みんなが楽しく勉強できたらいいなって、授業中は明るい喋り方を心がけたりもしてたんだよ……」



 …………。



「音楽を聴きながらだと勉強の効率が上がるって聞いたら、自分で考えた曲を鼻歌で流して……いろいろ工夫もしてたのに……。ああ……授業じゃない時間でも頼りにされるような、そういう立派な先生になりたかったなぁ……」



 しゃっくりをしながら、女教師は言う。



「わたしって……教師に向いてなかったのかなぁ?」


「…………」


「もう疲れたよ……眠ってもいいかな……」



 丸くなって永眠モードに突入する女教師。


 いや、まだ死にませんから。


 俺はお迎えの声じゃないんで。


 アレ、ふざけてたんじゃなかったんだ。


 真面目にやってるつもりだったんだ……。


 つまりこういうことか? 彼女は頑張る方向性を間違えていただけでやる気自体はあったと。


 ならば――


「先生は回復魔法を使えますか?」


「ふえぇ……?」


 俺は彼女にやり直す機会を与えてみることにした。

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