基礎魔法と実情4『これは革命だ』





 すべての授業が終わり、夕方。

 俺は寮に帰った。

 俺は授業初日で感じたことをメイドさんに話していた。


「貴族や富裕層の学生たちは入学金の他に莫大な寄付金も納めていますからね……。生徒の割合的にもカリキュラムを彼らに合わせことになるのは仕方ないと思います。教師たちも研究で結果を出せなければ自分の進退に関わりますし、負担を増やすような安請け合いはできないのでしょう」


 メイドさんは難しそうに言葉を選び、そう言った。

 基礎魔法が必要な生徒は全校のなかでは極少数。

 そこに合わせて授業の進行レベルを落とすのは確かに道理が通らない。


 けど、教師のレベルくらいどうにかしてやってもいいんじゃないかと思うんだが。

 あれはさすがに酷すぎんだろ。



 あの女教師の不安になる鼻歌が脳内で今も反響している。



 けど、教師たちにも生活があるってのを持ち出されると強くは言えんし……。




「ところでリュキアは?」


 いろんな意味で頭が痛くなってきたので幼女を話題に出して気分転換。

 姿が見えないがどこにいったのだろう。


「リュキアさんなら、友達を探しに行くと言って出かけていきましたよ」


「へえ、あいつ王都に知り合いがいたのか」


「一人にして大丈夫でしょうか? ……さすがに止める勇気はなかったので」


「まあ、俺と会うまでは一人でブラブラしてたみたいだし、問題ないだろ」


「ええ、そういうことじゃ……。いえ、なんでもないです」


 中途半端に言い淀むメイドさん。


 変なの。





 翌日。


 この日は午前中で授業が終わりだったので、俺は学園の敷地にある人気の少ない場所で来週の魔法実技に備えていた。


 俺にはやるべきことがある。

 だが、まずは行動しやすい環境を作ることも大事だろう



「フゥ――フ――ッ!」



 腕立て伏せ、腹筋背筋。

 それぞれいくつかのバリエーションを交えて五十回ずつ、五セットこなす。

 俺がやるのは主に上半身のトレーニングだ。


 下半身は特典のおかげで鍛えなくとも強靭だったからな。



「久しぶりだとちょっときついか……」



 額の汗を拭いながら一呼吸。

 ここまでできるように鍛えるのも、それなりに大変だったんだぜ?

 けど、誰かを乗せるのに必要だったから頑張った。


 誰も乗せることができないトラックはトラックじゃないからな。





 発表では、下半身トレーニングも織り交ぜるか?

 あのモヤシどもが悲鳴を上げるようなメニューをチョイスしてやろう。

 真偽を確かめるために実践するやつらもいるかもしれないし。


 フフフ、そいつらはきっとその過程でいい汗をたっぷり掻くだろう。

 そうすることで体に溜まった膿を吐き出し、あの気取った笑みを止めるようになるはず。

 そうだ、これは革命だ。


 筋トレを普及させることで精神の健全化を図り、学園に蔓延する閉塞的な空気を打ち払う。

 この改革は俺にしかできない。

 ひょっとして俺はそのために学園に来たんじゃないか?


 どうにもそんな気がしてならない。

 俺は確信めいた何かを感じた。



 ……どれだけそれっぽい感じでスピーチできるかが肝だな。





「君はこんなところで何をしているのだよ?」



 あまり実践してこなかった下半身のトレーニングに取り掛かろうとしたとき、後ろから突然声をかけられた。


 振り向くと、そこにはピンクブロンドの少女が立っていた。


 癖が強いのか、彼女の髪はそこまで長くないのに激しくうねって鳥の巣のようになっていた。


 瓶底の眼鏡をかけ、サイズの合っていないダボダボしたローブを身に着けている。


 うわ、袖の長さが余りまくって手が隠れてるじゃねえか……。


 これは格好に関しては触れちゃいけない感じだな。


「ああ、来週の魔法実技で発表する内容を考えていたんだ」


 俺が言うと、少女は訝しそうに眼鏡をくいっと上下させた。


「見たところ、身体を鍛えていたようにしか見えなかったのだよ?」


「それが俺の発表することだからな」


「……身体を鍛えることと、魔法がどう関係するというのだよ?」


「筋肉を万遍なく鍛えることで身体全体の代謝が促進され、同時に魔力の総量と魔法の出力を相対的に上昇させることが可能になる……そんな新発見の理論だ!」


 なんとなく頭の中にまとめていた、なんちゃって理論を自信ありげに語る。

 どうだっ? 信じたかコノヤロー!

 とりあえずこの子で試してみよう。


「どうだ? 驚いたか?」


 わくわくしながら訊いてみる。だが、少女の様子がどこかおかしい。


「なんとッ……! なるほど……そうか……! 筋肉か……! そっちのアプローチは考えたことがなかった! だがそうすれば……」


 ……え? なんかめっちゃブツブツ早口で言ってるんだけど、この子。やだ怖い。



「――ッ!?」



 それは一瞬だった。



「君がとっている魔法実技は何曜日の何限目なのだよ!?」



 まるで反応ができないほどの速度で彼女は俺に詰め寄ってきて、そう訊いてきた。

 背がちっちゃいから胸のあたりで見上げるような感じなのに鼻息が顔に当たるすさまじさ。

 どれだけ興奮してんだよ。



「え、えーと確か、火の曜日? とかの二時限目だったかな……」


「そうか……火の曜日の二時限目か! ううん、その理論! ぜひ楽しみに聞かせて頂こう……なのだよ?」


 俺の回答を引き出すと彼女は満足そうに笑って俺の肩を叩き、すぐそばに建つ塔のなかに入り去って行った。


 なんだったんだ……。


 塔? なんか覚えがあるような? 


 うーん、思い出せないし気のせいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る