基礎魔法と実情3『モフッ……ホフッ……』



「基礎を覚えないと他の授業でもついていけないから仕方なく受けてるけど、正直、基礎魔法を取ってるだけでこの学園じゃいい笑い者なんだ。いつまでも魔法が使えない落ちこぼれだってね……」


「それじゃ平民から入学してきた生徒は誰も魔法を覚えられないのか?」


 話を聞いてると、どうもそういうふうに感じられる。


 しかし、ポーンは首を横に振った。


「いや、さっきも言ったけど、自分で魔力の使い方を覚えてこの授業を卒業していく人も僅かだけどいるよ。だからこそ、僕らが余計に出来損ない扱いされるんだけど」



「アタシだって、本当はこんな授業出たくないわよ! なによ、あのクソビッチ! 化粧塗りたくって! 香水臭いのよ!」


 ツインテの少女が怒りを爆発させて怒鳴った。


「ええ、そうかなぁ。あの先生、美人だし、いい匂いすると思うけど……」


 小太りの男子生徒が空気を読まずに言う。


「はぁっ!? ざけんなこのデブ!」


「ごめんなさい! 嘘です!」



 ――ともかく。

 この学園では平民が打ち上がるのは相当難易度が高いことらしい。



「ここで基礎を覚えないと他の授業の単位も満足に取れないし、いつか芽が出るかしれないと思って耐えるしかないんだ」



 それでもほとんどの平民出身者は最後まで魔法の扱いを覚えられず、志半ばで学校を去っていくらしい。


 基礎魔法が使えるようになっても前途は多難だという。


 卒業後を見据えるなら貴族に取り入って顔と名前を覚えてもらい、仕官先を融通してもらうか、その必要がないくらい学業面で優秀な結果を出さなくてはならないのだ。


 基礎魔法を取っている生徒の多くは地元のカンパで莫大な学費を捻出しているそうで、大抵の平民はそれぞれの故郷で希望の星として送り出されて学園に来ているという。


 貴族なら卒業資格だけで十分な箔になるが、実利を出す必要がある平民は違う。


 魔道士はその才能の希少性から当たればデカい職業で、上手くいけば平民出身ではありえない出世も夢じゃない。


 だが魔法を扱えず、途中で退学すればまったくの無意味。

 高額なそれまでの学費をドブに捨てただけで終わる。


 魔法を使えるようになり、普通に卒業できれば食うには困らないが、それだけだと学費に見合った費用対効果とは言えない。


 そりゃ亡霊みたいな表情で勉強に打ち込むわけだ。


 絶対に成功して帰らないと周りに合わせる顔がないもんな。


 あのげっそりとしながら本を持ち歩いていた連中はそういうことだったのか。



「モフッ……ホフッ……ねえ、君ってエルフでしょ? クチャ……どうしてこんな授業に出てるの? そもそも……クチャァ。なんで人間の学校に通ってんの?」


 小太りの男子が懐から出したバナナを食べながら訊いてきた。

 咀嚼音が汚ねえよ。


「俺は基本的な呪文を覚えてないから改めて学ぼうと思ってな。里にはしきたりでしばらく帰れないし、知り合いの伝手もあったからちょうどいいかなって」


「そっか……単純に呪文を覚えてないだけならおれたちとは違うんだね……。ムチャムチャ……おれたちは呪文を覚えてても使えないからさ……ゴクン」


 小太りの男子生徒の咀嚼音が悲しく響く。


 彼らの表情を見て俺も引きずられて気分が沈んだ。


 なんと声をかけてやればいいのかわからず、そのまま微妙な空気で俺たちは解散した。



 故郷の期待を背負って学園の門を叩いても満足に学ぶ機会すら得られない。


 能力に差があるのは仕方ないかもしれないが、努力することもできない環境というのは如何なものだろう?


 なあ、ディオス氏。それは果たして『美しい』と言えるのか?


 そこはかとなく疑問に思った。

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