領主邸と決戦5『領主は華麗な右ストレートを』



 ――パキンッ!



 またもや指先にビリッとした刺激が走る。


 しかしそれによって俺が怪我をすることはない。


 もちろんダークエルフの少女もだ。


 よし、首輪は無事に壊れた。


 ダークエルフ少女の瞳に生気の光が戻ってくる。


 無表情なのは変わらないが、きょろきょろと眼球が動いて視線が定まりだした。


「どうだ? 意識はあるか? 自分が誰かはわかるか?」


「……っ……ぅ……」


 ジンジャーのときよりも変化が乏しい。声も上手く出せないようだ。


 長期間の隷属で後遺症の類があるのかもしれない。


「あ……あう……ろ…しう……」


 掠れた声がダークエルフ少女の口からひゅうひゅうと漏れる。


 なんだ? 何を伝えようとしている?


 彼女がぎこちなく震えながら示した指の先を目線で追っていく。



「なっ……危ねえ! 逃げろ!」



 俺はそこにあった光景に目を見張った。



「こうなったら領主とエルフだけでも殺してやらあぁ――っ!!!!」



 視線を向けた先では、死んだと思っていたダイアンが剣を抜いて領主とジンジャーに斬りかかろうとしているところだった。


 ……オイ、あの野郎生きてるじゃねえか! どうなってんだ!?



「そんなバカな! 脈の確認はしたはずなのに!」


 隊長とデリックが慌てて剣を抜くが間に合うわけがない。


 くそっ、どうしてこうなった? 


 そういえばやつは言っていた……。自分は死んだふりが得意だと。


 きっとダイアンには死亡したように見せかける何かしらの手段があるのだ。


 それを使ってさっきまで一矢報いる機会を伺っていた。


 隊長を欺くほど巧妙な偽装……一体どんな方法だ?


 いや、そこについて考えるのは後だ。今は二人を助けなくては。


 丸腰の領主とジンジャーでは立ち向かえない。


 ジンジャーは魔法を使えるが、あの距離まで詰められては詠唱を唱える暇もない。


 ダメだ。助けられるビジョンが見つからない。



「領主様、危ない!」



 振り下ろされる凶刃。ジンジャーが領主を庇って前へ出た。



「ジ、ジンジャーアアアアアァァァァァ――ッ!」



 おっさんの絶叫。


 ダイアンは邪悪な笑みを浮かべ、ジンジャーを肩口から一刀両断に……。



 ――バキンッ



「なあっ?」



 ダイアンが振り下ろした剣はジンジャーに当てた部分からポッキリ折れた。


 折れた剣先は宙をクルクルと舞い、屋敷の床にサクッと突き刺さる。



「剣が折れた!? たかがエルフの軟弱な体ごときで!? どういうことだッ!」


「ふぇっ?」


 喚きだしたダイアン、きょとんとするジンジャー。


 想定外の展開にルドルフ、隊長、デリックと部屋にいる連中の視線がなぜか俺に集まる。


「なんだよ、俺は何もしてないぞ。ルドルフ、お前の魔法障壁じゃねえのか」


「オレの魔法障壁はとっくに解けてるよ。そもそも魔法障壁ってのはあんなふうに身体そのものが硬くなるわけじゃねからな?」


「でも俺は本当に何も……」


 ……ん、待てよ。


「そういやさっき、首輪を外すときに魔法で身体強度を上げたな」


 ルドルフが何もしてないならきっとそれだ。


 まだ効いてるとか驚きだよ。意外と長続きするもんだ。おかげで助かったぜ。


「魔法!? 補助魔法にしても振り下ろした剣を跳ね返す強度なんてありえん!」


 まだダイアンが騒いでいる。


 ありえないと言うが、現実に起こってるんだから認めればいいのに。


「と、とにかく今のうちだ! 捕まえろ!」


「ダイアン、今度は逃がさないぞ!」


 デリックと隊長はどうにも締まらない感じでバタバタとダイアンの身柄を拘束する。


「おかしい……ありえん……」


 両脇を抱えられて膝立ちになったダイアンは俺を睨んでブツブツ言っている。


「まだ言ってんのか。まあ、割と気合い入れたからな。そういうこともあるさ」


「気合いの問題で済む次元じゃない! どう考えても異常な……ひっ」


 ダイアンは威勢よく言いかけ、途端、恐怖で顔を引きつらせた。


「貴様ぁ! 私のジンジャーに剣を向けやがったな!」


 領主は華麗な右ストレートを反逆の騎士に叩き込んだ。


 うお、マジか。


 このおっさん、ジンジャーに庇われた挙句、抵抗できない相手を全力で殴りおったわ。


「ジンジャー、無事でよかったぞ……」


「領主様……」


 どう考えても格好良くない仇討ちなのに二人はいい雰囲気を出して抱擁していた。


 もう勝手にしてくれ。


 つか、ジンジャーお前、『領主様……』ってばっかり言ってるよな。





「領主様! 大丈夫ですか! 爆発音や魔物の声が……」

「一体何事が! 屋敷が滅茶苦茶になってる!」

「うわっ、見張りのやつらが全員やられてるぞ……」

「なんだ、あの転がってるデカいオークは!?」



 門の付近に人が集まっていた。


 ルドルフの魔法やハイオークの叫び声などを聞きつけた衛兵が続々とやってきたようだ。


 この惨状を説明するには骨が折れそうだが、そういうのは他の奴らが引き受けてくれるだろう。



「うっ……」



 ―――ぐうううぅ……



 俺は視界の端に映る【empty】の文字を見ながら、そういえば朝からヘルシーなエルフ飯しか食ってなかったなと思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る