領主邸と決戦4『それは違う。違うんだ。』





 ハイオークの始末をつけて屋敷に戻るとこちらも決着がついていた。


 血だまりに沈むダイアンと回復したデリック君に押さえつけられている召喚士。


「……え、なんで? 殺しちゃったのか?」


 てっきり情報を吐かせるため、生かして捕らえるのかと思っていたが。


 デリックが復活して、女騎士もルドルフもいたのだから圧倒する戦力はあったはずだけど。


「オレたちも殺さないように追い詰めていたんだよ。ところがやつめ、勝てぬと見るや首筋に刃を立てて自害しやがった」


 ゴリラな隊長はダイアンの亡骸を見て忌々しそうに言った。


 組織の機密を漏らさないために自ら命を絶つとは。


 そんな殊勝なやつには見えなかったが……。


「召喚士のほうはダイアンが死んだあと、無抵抗で捕まったよ。ダイアンが指示しなければ何もできないようだ」


 まるで操り人形だと隊長は言った。


 デリックによって俺たちの前に連行された召喚士。


 顔を覆い隠していたフードが外される。


「え、ダークエルフとか……」


 俺は思わず息を吐く。長い笹穂耳に褐色の肌。


 召喚士は紛れもないエルフ……ダークエルフの特徴を持つ少女だった。


 見た目からすると十二、三歳くらいか? 


 確かに小柄だとは思っていた。


 だが、こんな年端も行かない子供でおまけに女だったとは。


「ふむ、この子は奴隷だな」


 ゴリラな隊長が少女の首元を確認して首輪の存在を見つける。


 ボサボサで長く伸びっぱなしの黒髪や感情の見えない虚ろな瞳。


 自我なく付き従う行動から想像はついていたが、やはりか。


「この様子だとかなりの期間、隷属させられているな。それに制限もかなり強めにかけられていそうだ」


 ルドルフが分析しつつ、ダークエルフ少女の顔の前で手を振る。


 少女のバイオレットの眼球はぴくりとも反応を示さない。


 感情や意思を完全に抑えつけられているのだろう。


「……酷い」


 同じ境遇にあったジンジャーが悲痛な面持ちを浮かべ、領主は静かに彼を抱き寄せる。見ていて複雑な気分になる光景である。


 ジンジャーといい感じだったマルチダと再会したときに俺は真顔でいられる自信がない。どうすりゃいんだ?


「なあ、グレン殿」


 見ないようにしていたのに領主のおっさんが話しかけてきた。


 やめろ、ジンジャーの腰に手を回したままこっちくんな。


「……なにか?」


 恐らく真面目な話だろうから無視するわけにいかないのが困る。


 とりあえず対応するけど視線は極力合わせないでおこう。


「こんなことをお願いできる立場にいるとは思えないが、あの少女の首輪も取り外すことはできないだろうか」


「ああ、そうだな、やってみるか……」


 俺としてもダークとはいえエルフの名を持つ同種族を救済したいという気持ちはある。


 どうせロクでもない方法で囚われていたはずだし。


 エルフにはダークエルフを嫌う者もいるが、俺としては肌の色が違うくらいで日焼けしたらどっちも同じようなモンだろとか思っている。


 根深い確執の歴史を習った気もするが、正直覚えていないので判断材料になっていない。


「大丈夫か? こいつの制限はかなり頑強にできてるぜ。多分、製作した魔導士のレベルが領主のメイドより数段上だ」


 ルドルフが見立てを述べる。お前すっかり解説役だな。


 とりあえずジンジャーに施したのと同じ準備をするか。


 どうせ術式の解除とか細々しいことをするわけじゃないんだ、何だって一緒だろう。


 大事なのはこっちの強度なのだ。


「待ってろよ。今自由にしてやるからな」


 聞こえているかは不明だが、優しく声をかけてダークエルフ少女の頭を撫でてやる。


「ほう、子供の扱いに慣れているんだな」


 感心したように隊長が呟く。


「昔、妹にやっていたからな」


 自然に手が動いたんだよ。


 俺が変態疑惑を持たれてからは拒否されるようになってしまったが。



 ――お兄ちゃんってさ、椅子にされるのが好きなんだよね……?



 それは違う。違うんだ。


 過去の思い出をフラッシュバックさせながら俺は首輪を引っ張った。

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