解放と敵襲6『神童もとい悪童。』

「ダイアン! どういうことですか!? あなた確かに死んだはずです! それに奴隷商側の人間とは……? わたくしたちはその奴隷商の存在を調べるためにこの地に赴いたのですよ!?」


 御令嬢は若干冷静さを欠いているようで不用意に自分の騎士だった男に詰め寄っていく。


「お嬢様、危ない!」


 ガキィンッと金属のぶつかり合う音が鳴る。


「え……?」


 呆然とする御令嬢。


「ダイアン、貴様! お嬢様に――ッ!」」


 ダイアンは御令嬢に剣を振り下ろしていた。


 そしてそれに誰よりも素早く反応した女騎士は御令嬢の前に立ち塞がって自身の剣で凶刃を防いでいた。


「ククッ。調べられちゃ困るからこうやって処分しに来たんですよ。まったく、あそこでオークやゴブリンに殺されてくれればよかったものを。余計な邪魔が入ったせいでこうやってオレ自ら出張らないといけなくなっていい迷惑だ」


「ダイアン、お前は……お嬢様を守って死んだ立派な騎士だと思っていたのに!」


「フッ。エヴァンジェリン、お前はくだらないこと言う女だ。主人のために死ぬなんて愚かなことだというのに、それを美徳とするとは。ちょうどいい。お前の理想の騎士ごっこは常々見ていて腹立たしかったんだ。偽善者のお嬢様ともども目の前で消えてくれよ」


 ガチィンッと剣を弾き、飛び跳ねるように距離を取る逆臣ダイアン。


「貴様、私だけでなくお嬢様まで愚弄するのか!」 


 激高する女騎士。


 しかし無暗に飛びかからず御令嬢のそばを離れないのはさすがというべきか。怒りながらも的確な状況判断は鈍っていない。


「最初の予定ではどちらか一方のつもりだったが、こうなったからにはこの場にいる全員に消えてもらおうかね」


「なっ、全員!? 私もなのか!?」


 領主のおっさん、そこに反応するのかよ……。小物臭いなぁ……。ジンジャーもちょっとがっかりした目で見てるぞ。


「当然でしょう。困るんですよ、領主様。許可もなくウチから出荷した奴隷を解放してもらっては。守秘義務っていうんですか? 契約時に話をされたでしょう?」


「い、言われたのは奴隷商側では解放の処置を行わないということだけだ。勝手に外すなとは言われていない」


 領主は屁理屈みたいなことを言った。このおっさん、ジンジャーが絡むと途端に道理を無視するようになるな。


「そりゃあ、普通は外せませんからね。外そうとすれば爆発もするし。まったく、このエルフの首輪を担当したのは誰だ? ……無能で使えない魔導士として報告しておかないと」


 ダイアンは悪そうな顔つきで苛立つように呟いた。


 使えないと判断された魔導士はどうなるのだろう。悪に与したので自業自得だが、ご愁傷様である。


「……ふん、報告だと? ダイアン、貴様はこの場から無事に帰れると思っているのか?」


 女騎士の言葉に合わせてゴリラな隊長も剣を抜く。すごい威圧感だ。道端で尿を漏らしていた人物たちとは思えない。


「ここで全員に消えてもらうのは確定事項だ。即ち、ここで勝つのはオレだということ。少々乱暴だが、商会の存在を公に悟られるわけにはいかないんでね」


 ダイアンがパチッと指を鳴らすと唸り声を上げて幾体ものオークやゴブリンが部屋になだれ込んできた。


 明らかに御令嬢たちを救った時よりも数が多い。


 こいつら一体、どこに収納されていたんだ?


「バカなッ!? これだけの数のオークやゴブリンがどうして屋敷にいる!?」


「ああ、終わりだ。一巻の終わりだ……」


「りょ、領主様ぁ……」


「た、大変です……あわわわ……」


 圧倒的な数のモンスターを前に狼狽える御令嬢たち。


「ファッハアッハ――ッ!」


 彼女らの慄く姿に優越感を覚えたのか、ダイアンはいかにも悪人的な面構えで高らかに笑い始める。


 彼はすでに勝利を確信しているようだった。


 数の上では圧倒的にこちらが不利。


 だが、俺にはまったくもって脅威には感じられなかった。


 なぜなら、近くにもっと悪どい表情をしている男がいたから。


 先ほどから不自然すぎるくらいに大人しく、まるでマグマの噴火前のような静けさを見せていた男。


 神童もとい悪童。町中で高位の攻撃魔法を平気でぶっ放すキチ〇イ。


 ルドルフが『キヒヒ……』と不気味な含み笑いをしていた。

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