解放と敵襲5『ここでの功績はすべてルドルフに押し付けてしまおう。』



 なんやかんやあったが、話も上手くまとまり『とりあえずお茶でも飲む?』みたいな和やかな空気が一時的に訪れかけたその時である。




「ぐあああアァァァアアァァァあぁっ――――ッ!!!!」



 突如、部屋の外、廊下の向こうから男の叫び声が響いてきた。


 そして何かに吹き飛ばされてきたように一人の男がドアをぶちやぶってダイナミック入室をしてくる。


 飛び込んできた男は部屋の床をゴロゴロと転がり、大の字で仰向けに倒れた。


 突然の出来事に呆気にとられる一同。やがて一呼吸の間を空け、



「「デ、デリックゥゥゥウウゥゥゥゥッ――――ッ!!!!」」



 女騎士とゴリラな隊長が叫んだ。注視するとそいつは俺の見たことのある人物だった。


 部屋に飛び込んできたのは美形の脱糞騎士――デリック君だった。


 デリック君は頭や口から血を流し、意識を朦朧とさせていた。身に纏う鎧はあちこち砕けてボロボロ。


 明らかな戦闘の跡だった。一目で重体重傷であることがわかる有様。これは酷い……。女騎士が慌てて駆け寄っていく。


「デリック、一体何があったのだ! 意識をしっかり保て!」


「ぐっ、エヴァンジェリン……あいつが、賊が館に……ッ」


 女騎士エヴァンジェリンに声をかけられたデリックは震える指先でドアを示した。


 コツンコツンと靴音を響かせて二人組の男がぶち壊されたドアの向こうから姿を現す。


 一人は騎士の甲冑に身を包み、もう一人は顔から体すべてをすっぽりとローブで覆い尽していた。


 人間の常識に疎い俺でも怪しいと直感できる組み合わせの連中だった。


「ふっ、どうも皆さまお久しぶりで。赤髪のエルフもその節は世話になったな」


 怪しいメンズの片割れ、鎧の男が兜を脱ぎながら馴れ馴れしく知り合い面をしてきた。


 ……誰だ? 顔を見てもさっぱり思い出せん。まったく覚えがないので気持ち悪い。


「そんなバカな……ッ」


「…………」


「どういうことですか……ッ?」


 ところが御令嬢たちは彼のことを知っていたようで、声を震えさせてその男を見ていた。


「ダイアン、生きていたのですか……?」


 生きていた……? その言葉でピンとくる。ああ、そうだ。多分そうだ。


 きっとこの男はゴブリンに頭をパカーンされて死んだ騎士だ。


 目鼻立ちが整っていない平べったい人間の顔って識別しにくいんだよな。


 人間でも御令嬢くらいはっきりした顔立ちならどうにか見分けられるのだが。


 エルフの里に長年いると、こういう面でも世間とズレが生じてしまう。


 社会で生きていくのに人の顔が覚えられないというのは致命的だというのに。


 トラックの前世があってもこれなのだから、普通のエルフだともっと大変だろうな……。


「ほう、奴隷の首輪が外れてやがる……。こいつは驚いた。領主が首輪を外そうと画策しているのは知っていたが、まさか成功させるとは」


 謎の復活を遂げた男ダイアンは困惑する御令嬢や女騎士、隊長らを無視して泰然と部屋の中央まで進んでくる。


「なるほど、貴様がこれをやったのか……。さすがは王立魔道学園の神童というわけだ」


 ダイアンはルドルフに視線を向けるとニヤっと口元を釣り上げてそう言った。


 どうやらダイアンは首輪を外したのをルドルフの仕業と思ったようだ。


 これはちょうどいい。なんか神童とか言われてるし、ここでの功績はすべてルドルフに押し付けてしまおう。


 変な連中に目をつけられたら堪らないからな。俺が都合のいいスケープゴートを見つけてホクホクしていると、


「貴様は何者だ! 一体どうやって屋敷に入った! 誰の許可を得たのだ!」


 領主が唾を飛ばしながら怒鳴っていた。確かにもっともなことである。一応、この屋敷には門番のような人間がいたはずだ。


「オレはあなたもご存じ、ヴィースマン商会の者ですよ。屋敷には死体のフリをしていたら勝手にそちらが入れてくれたんじゃないですか」


「死体のフリ……だと?」


 困惑する領主にダイアンはククッと不敵に笑う。


「オレは死んだように見せかけるのが得意なんですよ」


 死体はあの後どうしたのか不明だったが、この屋敷内に持ち運んでいたようだ。


 恐らく、埋葬するためであろう。だが、やつはこうして生きて動いている。


 どういうことだ? ダイアンが死んだのは俺も確認している。


 回復魔法を使っても戻らなかった頭部の損傷もすっかり修繕されているし……。さっぱりわけがわからない。

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