解放と敵襲4『後先考えないにもほどがある。』

「ええ、実は……」


 領主は御令嬢の父親に首輪の制限を変えられる有能な魔道士を紹介してもらう目論みがあったことを白状した。


 王都で有力な貴族である御令嬢の父親は王都にある魔法学校に多大な寄付をしていて顔が利く大物らしかった。


 領主の段取りでは、ジンジャーを紹介して、そこから学院の魔導士を紹介してもらえるよう交渉に進むつもりだったらしい。


 その際、御令嬢がエルフの奴隷に興味があるように見えたので、心象をよくしようとリップサービスのつもりで調子よく『次に来たら奴隷商に紹介する』などと口走ってしまったのだとか。


 本当に御令嬢がエルフの奴隷を欲しがっていたらどうするつもりだったんだろう。


 実際のところは次に奴隷商が来る保障なんてないし、どこに行ったかも見当がつかないそうなのだから後先考えないにもほどがある。


 おかげで余計な誤解をされて拗れたわけだし。このおっさんには『口は禍のもと』ということわざを送りたい。


「……確かに我がテックアート家は王都の魔道学院に多大な寄付を行っていますからね。有能な魔導士の伝手は多くあるでしょう」


 御令嬢が一理あるといった表情で頷いていた。彼女からしてもそれなりに納得の行く理由だったようだ。


 まあ、先ほどの光景を見ていれば領主がどれだけジンジャーにお熱なのかは一目瞭然だからな。


 それにしても王都には魔法の学校があるのか。ちょっとだけ気になるな。あとで詳しい話を訊いておこうかな。


「訪問してきた商人には契約後、何があっても首輪の制限を変えることはしないと言われていたので奴隷商人とは無関係な第三者を探す他に手がなかったのです」


 よそで売られた奴隷の首輪の設定を他の商会がいじるのは法律違反ではないが、業界のマナー違反にあたるのでどこの商会も引き受けてはくれなかったそうだ。


 王都の学院にいる魔導士なら業界の縛りも受けず能力も高い(らしい)。


 こうして当初の御令嬢にヘコヘコ揉み手をするおっさんの姿ができあがったわけだ。


 領主の腹の内は概ね理解した。しかし、解せないこともある。


「やつらは十年くらい同じことをしていると話してたぞ。それだけの長い期間、無法行為に気が付かないってどういうことなんだ? 奴隷商と繋がりがないっていうのなら少々怠慢がすぎるんじゃねえのか」


 領主が野放しにしていたせいで何人のエルフが犠牲になったかわからないのだ。ここは物申さぬわけにはいかない。


 これは俺だけの言葉ではなく、エルフの総意にもなると思う。


「それは私の不徳の致す限り、申し開きもできない事実として謝罪する。だが、自分でもどうして不自然な奴隷の出入りに気が付かなったのか不思議で仕方がないのだ……」


 領主は自責の念に駆られたのか、苦しそうに表情を強張らせた。さっきまでの強情さが嘘のようである。


 自分に非がある場合には頭を下げられるのか。それとも、ひょっとしたらこっちが彼本来の姿なのかもしれない。


「この地が不当な奴隷の産出地になっていたことは私の落ち度。贖罪のため、できることはなんでもするつもりです」


 領主は俺と御令嬢の目を見てはっきり宣言した。


「では領主様は此度の暗躍している組織を捕える調査に全面的協力してくださると考えてよろしいのですね?」


「はい、私にできることならば何なりと申しつけ下さい」


「なら、そちらのエルフの方には奴隷商人に関することを訊かなくてはなりません。ご協力していただけますか?」


「それで領主様の助けになるなら話すよ」


 ジンジャーが肯定する。


 御令嬢が曰く、疑惑自体は今までもあったが被害にあったエルフの証言を得られたのはジンジャーが初のケースなのだとか。


 今まで何人も捕まっていながら御令嬢たちがそのエルフたちにまで行きつかなかったというのはまた奇妙な話だな。


 奴隷商人が足跡を消すのが巧みなのか、御令嬢たちが無能なのか……。




「疑惑だけでしかなった事件が事実として明らかになった今、後手後手に回っていた調査がもっと踏み込んで行えるようになります! 早くお父様に報告しなくてはなりませんね!」」




 鼻息荒く御令嬢が言う。凄まじい使命感に燃えていた。


 正義感を持つのはいいが、拗らせたりはしないでくれよ。自分が絶対に正しいと思い込んだ人間ほど恐ろしいものはないのだからな。




「とりあえず町の奴隷商人を呼び出しましょう。ジンジャーが預けられていたのならヴィースマン商会と何らかの繋がりがあるはずです」


 領主がそんな提案をすると女騎士が前に出て発言する。


「呼び出すなんてまどろっこしい真似は必要ない。この町の奴隷商にはうちのデリックがすでに赴いている。そろそろ調査を終えて戻ってくるはずだ。疑惑があればすぐに兵を向けて下手人を捕える段取りで行こうと思う」


 ああ、いなくなっていたデリック君はそっちに行ってたのね。


 ルドルフの妨害で俺は踏み込めなかったが、代わりに行ってくれたのなら手間が省けた。


 いい感じの手土産を持ってきてくれることを願うとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る