領主と奴隷3『名はジンジャー』
名はジンジャー。俺より一つ歳上で一年経っても里に戻ってこなかった近所のエルフだ。
てっきり人間界が気に入って戻ってこないと思っていたのに。そうであってほしいと思っていたのに……。
なぜジンジャーがメイド服を着せられているのだ。あんなヒラヒラで異様に短いスカートを履かされているのだ。
カチューシャなんかをつけているのだ。
男に媚びを売るような姿で挨拶なんぞさせられて……。
気持ち悪い。果てしなく気持ち悪かった。鳥肌が立つ。見てはいけないものを見てしまった嫌悪感で吐き気を覚える。
「エルフの奴隷ですか……」
御令嬢は渋い顔でそう呟いた。俺の反応を気にしているようにも思える。
「まるで精緻な人形のように美しいでしょう? 出入りの商人に見せられて一目で気に入って購入したのですよ。ほら、ジンジャー。挨拶をしなさい」
「『………………』」
「……もしかすると、彼女は喋ることができないのですか?」
御令嬢は一言も発さずに無表情でお辞儀をしたエルフのメイドに疑念を抱いたのか眉を顰める。
「如何にも。奴隷商によって設定された首輪の制限でしてね。契約の絶対条件として提示されたものです。感情表現にも一部規制がかけられています。なんでも呪文の詠唱を防ぐために必要な措置だとか。エルフは高位の術を操る者が多いからそのためでしょうな」
「……なるほど。ところで領主様はこちらのエルフをどこの商人からお買いになられたのでしょう?」
御令嬢がちょうど俺の気になっていたことを訊ねてくれた。しかしなぜ彼女がそれを知りたがる? もしや彼女もエルフの奴隷を……。
「おや、レグル嬢もエルフの奴隷に興味がおありですか? エルフの奴隷はその希少性から社交の場でも話の種になりますからな。」
「その商会の名は何と申しますの?」
御令嬢は愛想よく答える領主を受け流すように淡々と返す。
あまり奴隷に興味があるようには見えないのだが……。人は見た目によらないということなのか?
「『ヴィースマン商会』とか、あの男は名乗っておりました。市場に出回ることが少ない種族の奴隷を数多く揃えているそうで、なかなかのやり手だと思いますよ」
「知らない名ですね……。どこの街に店を構えているのでしょう? 貴重な種族を多く揃えていながら貴族に名が知れていないのは不思議ですね」
「それが店舗を持たない流れの商人のようでして。気まぐれで訪れた先でしか取り引きを行わないそうなので知名度がないのはそのせいでしょう。せっかくですから、次にやって来た時にはレグル嬢のことをお話しておきますよ」
「それはありがたいお話ですね」
「……そこでひとつ、お話があるのですが――」
領主は下種な笑いを浮かべて揉み手をしていた。御令嬢に取り入る口上が上手くいったと喜びを露わにしているようだった。
こちらからするとあまり御令嬢の感触が良いようには見えないんだが。まあそんなことはどうでもいい。
それより、もう我慢の限界だった。こんなエルフをアクセサリー感覚で語る会話を聞き続けるのは無理だ。
仲間が目の前で虐げられているのを見過ごすのは耐えられない。
――ミシミシィ!!
――バキベキベキィッ!!!!
「「「「!?」」」」
気が付くと俺は床の板を踏み砕いていた。
割れた床板から片足を引き抜くと、部屋にいた全員の視線が俺に集まっていた。
ああ、久しぶりにキレちまったよ……。
これほどの怒りはご主人に交際を断られた会社の同僚が腹いせに俺の車体に鼻くそを擦りつけてきた時以来だぜ。
「ヒュー。やるねぇ」
ルドルフが口笛を吹いてはやし立てる。うるさい黙ってろ。
女騎士とゴリラな隊長は敵意こそ見せなかったものの、さり気なく御令嬢を囲って警戒を見せる。
「君は一体何者だ……ッ!?」
領主は俺の行動に目を白黒させていた。俺はそんな領主のおっさんを睨みながら詰め寄っていく。
「おっさん。今すぐにジンジャーを解放しろ。さもなければ、あんたをこの場で轢くことになるぞ」
「ひ、轢く?」
領主は恐怖に震え、ルドルフに視線を向けた。
「ルドルフ君。彼は何を言っているんだ? 君の友達だろう!? 早く止めてくれ!」
「ハハッ、オレがこいつを止める? 馬鹿言うなよ。今の状況でこいつに手出しするメリットがねえよ」
「そ、そんな……」
領主はこの世の終わりを迎えたような顔になった。この場面で伸ばした手を笑いながら振り払われるとか軽く人間不信になりそうだ。
しかしルドルフが介入してこないのは助かる。
俺だってヤツとは二度と戦いたくない。何をしでかすかわからない輩と争うのはデンジャラスだからな。
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