領主と奴隷4『従順になる程度に痛めつけるだけだぞ。』
「レ、レグル嬢! 騎士に私を守るよう命じてくれ! このままでは殺される!」
ルドルフに見放された領主は藁をも掴む必死さで御令嬢に助けを求める。
失礼な奴だ。殺すわけがないだろ。おっかないことを言うな。従順になる程度に痛めつけるだけだぞ。
「…………」
領主から救いを求められた御令嬢は瞑想するように目を閉じたまま微動だにしない。
ゴリラな隊長も女騎士も仕える主からの命令がないため動く気配はなかった。
どういうつもりか知らないが俺の邪魔をする気はないらしい。彼女たちとも、ルドルフとは違う意味で戦いたくなかったから安心した。
部屋にいる誰も助けに入らないと理解した領主は額に脂汗を滲ませ焦燥する。
「そうだ、落ち着こうじゃないか。むむっ、わかったぞ! ひょっとしたら君もエルフの奴隷が欲しいのかね? しかしだ、奴隷というのは奪い取るのではなく財産と地位を得て自らの力で手に入れるべきものであってだね――」
領主が何やら偉そうに語っている。不愉快極まりないな。無理やり奴隷にしたエルフを買ったくせに厚顔な男め。
「この俺がエルフの奴隷を欲しがってるとは笑えない冗談を言うやつだな」
俺はフードを脱いで傲慢な領主に素顔を――尖った耳を――晒した。
「なっ、赤い髪のエルフ……!? レグル嬢の話していた招待客と同じ特徴……!?」
やはり領主に話が通っていたか。フードを被ってきて正解だったな。
「俺がエルフとわかったならジンジャーを解放しろといった理由もわかるな?」
「ふんっ、同族を助ける義憤にかられたということか。しかし私は正当な手順を踏んでジンジャーと契約したのだ。いくら同種族だろうと、とやかく言われる筋合いはない」
何が正当か。手順か。ふざけるのも大概にしろ。そう怒鳴ってやりたかったが、ここには討論をするために来たのではない。
「御託はいいんだよ。解放するのかしないのか。さっさと答えろ」
俺は拳をパキパキ鳴らして脅しつける。この怯えっぷりならあと一押しで折れるはずだ――と思っていたのだが、
「解放はできない!」
領主は目に力を込め、ハッキリとした口調でそう言い放った。
なぜそこで強気になる!? さも道理の通った言葉であるかのような開き直り。一瞬向こうが正しいと錯覚してしまったぞ。
「……あまりやりたくないが、痛い目を見てもらうしかないようだな」
マジでこういうのはやりたくないんだけど。早くビビって解放を宣言してくれよ。なんならお漏らししていいから。ちゃんと清掃まで受け持ってあげるから。
「拷問をするならすればいい。それでも私の意思は変わらん。さあ、やってみるがいい!」
「……お前は本気で救えない輩らしい」
領主の意固地さには呆れるしかない。
なんでこの場面で意地を張るんだよ。誇りみたいなのちらつかせてるんだよ。俺が悪人みたいな空気をだすんじゃない。
御令嬢陣営は見て見ぬフリ、ルドルフは他人事で面白おかしく見物するのみ。
誰もこの愚かな領主を守ろうとしない。誰も止める者はいない。……はずだった。
「ジンジャー? お前どうして……」
唯一、俺の前に立ちはだかったのは奴隷の首輪を嵌められた美貌のエルフだった。
領主を庇い、両腕を拡げて立ち塞がる同朋。俺はただ驚くしかない。
「『…………』」
感情のこもらない能面が首を左右に振る。領主に手を出すことは認めないと、そう俺に強く主張していた。
なぜだ? なぜジンジャーが身を挺して領主を守ろうとする? 自分を奴隷として囲う中年貴族のため立ち上がる?
「そこをどいてくれ、ジンジャー。そうしなければお前を解放できない」
「『…………』」
ジンジャーは変わらず首を振るだけ。どくつもりは皆無のようだった。
そういえば聞いたことがある。犯罪被害者が犯人と長時間過ごすと犯人に対して同情や好意を抱く事例があると。
「ジンジャーよ、お前の忠義に感謝するぞ……」
庇われている領主がふざけたことを抜かした。何を感慨深そうに語ってやがる。俺が睨むと領主のおっさんは速攻で目を逸らした。情けないおっさんだ。
「ジンジャー、どうしてもそいつを庇うのか?」
「『…………』」
首を縦に振って頷くメイドエルフ。その意思は確固たるもののようだった。参ったな。これでは話が進まない。
奴隷の首輪で忠誠心を植え付けられているのかもしれない。だが、仲間を力づくで押し退けるのは躊躇われる。
「仕方ありませんね……」
俺が行き詰っていると御令嬢が見かねたように立ち上がった。
何を言い出すつもりなのだろう。俺が彼女の次の言動に注意を向けていると、
「ここまで極まってしまえば致し方ありません。わたくしがこの町を訪れた本当の目的をお話しするほかないでしょう」
「ほ、本来の目的……!?」
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