領主と奴隷2『俺の沽券にかかわることだ。』

「このたわけッ! お前のようなうつけを探すためにお嬢様がこんなところまで来るか! 自惚れるな!」


 女騎士が横から激烈に怒鳴った。主である御令嬢よりもルドルフに手厳しかった。


 つーか、こんなところって。そこを治めてるおっさんが目の前にいるんだから少しは気を遣ってやれよ。


 領主のおっさん、心を守るために遠い目をして必死に聞かなかったことにしてるぞ。


「まあまあ。エヴィ、そんなに大きな声を出さずともいいじゃないですか」


 御令嬢は柔和な言葉で女騎士を嗜める。そしてそのままルドルフのほうに向き直り、


「ルドルフさんのことは道中で見つけたらついでに頼むとあなたのお父様に言われただけですよ。本来の目的は別にありますのでご安心ください」


「こ、このオレ様がついでだとぉ……?」


「プッ」


「笑ってんじゃねえよ!」


 思わず噴き出してしまった俺にルドルフが肩パンを入れてくる。当然俺は痛くもかゆくもない。ルドルフが無駄に拳を痛めただけであった。


 学習をしない男である。


「それで、あの……あなたは……」


 御令嬢が遠慮がちに呟いて俺に目線を寄越してきた。


 うむ、俺が何者かということだな。手筈通り、不本意だがルドルフの友人という設定で行くとしよう。


「ええと、俺は――」


 …………!?


 よく見ると御令嬢陣営の視線が俺に一斉に集まっていた。なんか無言ですごい見られていた。三人ともすごいこっちを見ていた。


 誰しもが『なにやってんのこいつ……』という感じの目をしていた。


 ……これ、明らかに正体ばれてるよね。言っていいのか迷っている雰囲気だもん。


 そりゃフードでちょっと顔と耳が隠れたくらいならわかるよなぁ。


 まったくもって、御令嬢たちへの対策を忘れていた。領主にエルフだとバレなければいいとだけ考えていたが迂闊だった。


 なぜ御令嬢の名前を出さずにルドルフと一緒に来たのか。どうしてこんな時間まで訪れなかったのか。


 向こうさんからすれば不審極まりない展開のオンパレードである。


 グレン、愚かなり。やってしまった。どうしよう。


「初めまして! 僕はルドルフ君のお友達のブラックタイガーといいます!」


 何も聞き出せていないまま領主に正体を知られるわけにはいかない。


 誤魔化すため俺は咄嗟にトラック時代の旧名を名乗った。屈辱を堪えてルドルフの友人であると詐称した。


 彼女が領主とグルでなければ乗ってくれるはずだ。俺が種族と素性をこの場で公開されたくない事情があるのだと。


 グルじゃなくても悟ってくれなかったらアウトだけど。


「えっ、ルドルフさんの……? そうですか……。ならば初めましてですね。ブラックタイガー様」


 御令嬢は俺の意図を読み取って茶番に付き合ってくれた。ほっと一安心。見た目に相当する聡明な頭脳だ。


 ルドルフとの関係について驚いていたようなので後に訂正を入れないといけないな。俺の沽券にかかわることだ。






「ところで領主様、大切なご相談があると言っておりましたが、彼らも一緒でよろしいので?」


 御令嬢が領主に訊ねる。ふむ、領主が大事な話を始めようとしていたところに俺たちが来訪してしまったのか。


「まあ、構わないでしょう。……ルドルフ君も実際に見ればまた違う意見をだしてくれるかもしれんしな」


 意見とはなんのことだろう。独り言のようにつけたした言葉に俺含め、ルドルフや御令嬢も疑問符を浮かべる。


「ジンジャー、こっちへおいで」


 領主が手を叩くと部屋の隅に控えていた一人のメイドが前に出てきた。メイドの首には奴隷の証である首輪が嵌められていた。


 メイドが頭に被っていたヴェールを脱ぐ。


 領主以外の全員がハッと息を呑んだ。


 ふわふわな亜麻色のロングヘアー。陶器のようにきめ細かい白い肌。


 ――そして種族の特徴を司る尖った耳。


 メイドはフランス人形を彷彿とさせる可愛らしい容貌をしたエルフだった。


 領主に促されたメイドは無言で会釈をする。


 俺はそいつの顔に見覚えがあった。だが、そいつは俺と視線が合ってもまるで動じることはなかった。


 大きなブルーの瞳は感情を失ったように光をなくしていた。


 一体どんな目に合えばこんな人形みたいな空虚な表情をするようになるのだ。


「……知ってるやつか?」


 俺の反応を見てルドルフがひっそりと訊ねてきた。


「ああ……」

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