領主と奴隷1『やっぱりトラックがナンバーワンだ。』

「まだ足が痛むのか? なんなら回復魔法をかけてやろうか?」


「いらねーよ。つーかお前は一体どんな脛をしてやがるんだよ。身体強化魔法を常時かけてるのか?」


 俺たちは領主邸に向かって暗がりの道を歩いていた。


 領主邸はリリンの家からほぼ正反対の場所に位置する。


 移動している間にすっかり日は沈み、夜の帳が下りていた。


「ひとつ気になっていたんだが、あの魔法を無効化させる粉はどこで手に入れたんだ?」


「ん? あれは領主が相談に乗った礼にくれたんだよ。商人からもらったけど自分は使わねえからってさ。珍しい代物なのにいらねえって変なおっさんだよな」


 あれは一応、人間界でも珍しいのか。


 なぜ領主がそんなものをあっさり譲ったのかは知らんが、ルートが限られている物品なら領主と繋がりのある商人がエルフの拉致をけしかけた可能性は高い。


 これは早々に黒幕特定のチェックメイトで問題解決まで行けそうだ。





「おお、ルドルフ君。明日にも使いを出そうと思っていたんだよ。君のほうから訪ねて来てくれるとは手間が省けた」


 ルドルフの顔パスによってあっさりと屋敷の中に通された俺たちは領主の出迎えを受けていた。


 領主は一見すると裏表のなさそうなダンディーなおっさんだった。白髪交じりの髪をオールバックにした口髭が似合う壮年の渋いイケメン。それが領主を見て抱いた印象だった。


「ところでそっちの彼はどちら様かね?」


 領主は疑わしそうな視線を向けてきた。


 俺は万が一のことも考えてフード付きのローブを被ってエルフの耳を隠している。顔を隠している相手には当然の反応か。


「こいつはオレの連れだよ。フードを外すのは諸事情ってことで勘弁してくれ。けどこう見えてオレと並ぶ魔法の使い手だから安心してくれていいぜ。おい、なんか適当に見せてやれ」


 ルドルフが『何か面白い話して』に通じる無茶ぶりをしてきた。


 つーか、並ぶってなんだよ。ちゃっかりプライド覗かせてるんじゃねーよ。


 だがしかし、どうするべきか。ここで怪しまれるわけにはいかないから、何かしらすべきだとは思うのだが……。


 俺が判断に迷っていると、


「いや、別に構わんよ。魔法の使い手なら恐らく身分のある人間なのだろうからな。ルドルフ君の知り合いなら試すような真似をするのは無礼だろう」


 ルドルフは随分と領主に信用されているようだった。やはり家柄や階級というものはわかりやすい身分証明になるのだな。


「そんでおっさん、オレに使いを寄越そうとしていたって何か用でもあったのか? また相談したいことでも?」


「いや、実は君に会いたいというお客様が来ているんだ。ルドルフ君が町に滞在していると知ってぜひ会わせてほしいと頼まれてね」


 ルドルフは自分よりも年配の領主に対してタメ口全開だった。


 領主もそれを気にした様子はない。これはつまりルドルフの実家のほうが格上だということになるのか。


 権力とはすごいな。年長者を相手にしても容易く立場が入れ替わる。人間の世の中って世知辛い。やっぱりトラックがナンバーワンだ。





 領主に案内されて通された部屋で待っていたのは御令嬢だった。


 そりゃ領主の家に来てくれと言っていたんだから彼女がいないわけがないよな。正体がバレないように気をつけないと。


 柔らかそうなソファに腰かけた彼女の脇にはゴリラな隊長と女騎士が控えていた。左右を固めてしっかり主を守護する万全の布陣。


 あれ、イケメンのデリック君は……? ひょっとして一人寂しく屋外の見回りとかさせられているのだろうか。


「お前はテックアートの……なぜここにッ!」


 部屋に入るとルドルフは御令嬢を指さしながら一歩下がって叫んだ。


「あら、ルドルフさん。こんなに早くお会いできるとは思いませんでしたわ」


 どうやら御令嬢とルドルフが知り合いのようだった。


 どういう繋がりなのだろう。正直驚いた。人の輪というものは意外なところで重なり合っているものよなぁ。


「お、お前まさかオレを連れ帰るためにわざわざこんなところまで来たのか!? ……帰らねえぞ、オレは戻らねえからな!」


 さっきまで威風堂々としていたルドルフが脂汗を掻いて動揺していた。


 一方で御令嬢は優雅な微笑みを崩していない。

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