逃走と治療4『まあ見てろや。気合い入れるから』
平たいビッチの本名はリリン。
彼女の母親は不治の病にかかっていて定期的に回復魔法で症状を緩和しなければ生きていけない身体だった。
回復魔法は専門の術師に依頼すればそれなりの金額になる。命に関わるとはいえ庶民がいつまでも払いきれるものではない。
なのでこれまではルドルフが金をとらず無料で回復魔法をかけてやっていたらしい。
だが結局はその場凌ぎにしかならず、数日おきに具合の悪さはぶり返してしまう。
完治する見込みもなく苦しみながら生き長らえるのは酷なことではないのかとリリンは思い悩んでいたらしい。
しかし俺の回復魔法を見て、俺なら病を完治させられるのではと考えて直前の因縁があったにも関わらず接触を図ってきたのだった。
「お願い、都合のいい話だとは思ってる。でも治るならなんでもするから。お金なら後に必ず払うから、たとえどんなことをしても……」
「いいや、金ならオレが出す。もちろん実家の金じゃねえ。ちゃんと新米冒険者から強請って稼いだオレ自身の金でだ」
リリンの必死さに思うところがあったのかルドルフも方針を一転、喧嘩腰の態度を仕舞い込んで頭を下げてくる。
いや、強請って稼いだ金はお前の金じゃないだろ! ふざけんなよ!
酷いジャイアニズムを垣間見た。
「まあ、ギルドのブラックリストから削除してくれるんならやらんこともないが……」
「ありがとう、お兄さん! 大好き!」
「ぐぬぬぬ……」
俺にしがみついてきたリリンを見て、ルドルフは歯軋りをして睨んできたのだった。
階段を上って二階の部屋へ立ち入るとベッドに横たわった妙齢の女性がいた。
女性の目はくぼんでおり、頬は扱けて顔は不健康に青白くなっている。
一目で病を患っているとわかる風貌。きっとこの女性がリリンの母親だろう。
「……あら、ルドルフ君。いつもありがとう。でも治療はこの前やってもらったばかりじゃなかったかしら?」
女性はルドルフの姿を見ると弱々しい声でそう言った。
「今日はオレがするんじゃないんだとさ」
「えぇ?」
ルドルフの言葉に女性は困惑気味の表情を見せる。
「オラ、エルフ野郎。やってみろよ。少しでも変な真似しやがったら背中から火炎魔法をぶち込むからな」
「家が燃えちゃうからやめてね?」
「おう……」
ルドルフとリリンの不毛なやり取りを背に俺は前に出る。こいつらのパワーバランスってイマイチ掴めねえよなぁ……。
「あなたはエルフなのね?」
リリンの母親は俺の姿を見ると感慨深そうに呟いた。
ひょっとしてエルフの知り合いとかいたりしたのかね。
この母親、だいぶやつれてはいるが人間基準だと結構な美女っぽいし。町に訪れたエルフと過去にチョメチョメしててもおかしくはないな。
などと腹の内で失礼な推察を行いつつ、
「どうも、お初になります。通りすがりのエルフです」
適当に挨拶をしてリリンの母親の容態を脳内で分析する。回復ができない器官というと、腎臓とかその辺りかな。
具合の悪そうな弱々しい表情。不治の病が俺の初級魔法程度でどうにかなるのだろうか。
「おい、大丈夫なのかよ」
ルドルフが沈黙する俺に不安を感じたのか声をかけてくる。
「まあ見てろや。気合い入れるから」
気合いを込めれば威力が上がったりするものなのかは不明だが。
「むんっ!」
どこが悪いのかわからなかった俺はとりあえず腎臓に絞って全力の回復魔法を注ぎ込んでみた。
これでダメなら原因として考えられる器官に一個ずつ照準を当てていくだけだ。
「あっ……」
リリンがはっと息を呑む。
「おおっ」
俺も思わず声を上げる。
リリンの母親の顔色はみるみるうちによくなっていき、生気がみなぎる顔つきへと変わっていったのだった。
「こ、この反応は……!」
ルドルフは口を開けて間抜け面を晒して驚いていた。
「嘘……まさか本当に……!?」
しかしながらリリンは嗚咽を漏らして歓喜していた。なんか知らんが、スゴイ喜んでる。これっていい兆候なの?
「むむむむ?」
健常者の顔色になったリリンの母親は懐疑的な唸り声を出しながら毛布を跳ね除けて起き上がる。
両足で立ち、現実であることを確かめるように自分の身体をぺたぺたと撫でる。
「お母さんが立ち上がったァァァアァァァァアァァッ!」
リリンが歓喜の咆哮を上げた。
俺は二人に涙ながらに感謝をされたのだった。
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