逃走と治療5『ごめんなさい、鳥肌立ちました。』
喜びの抱擁を交わし合う母娘を部屋の隅で眺めつつ俺たちは男同士の語らいをしていた。
していたというか、勝手にルドルフが始めた。
「くそったれが。オレは認めないからな」
のっけから喧嘩腰で睨みつけられた。
穏やかじゃないね。カルシウム足りてる? とか適当なことを思っていると、
「だが、リリンのお袋さんを治してくれたのは感謝する。オレはその場凌ぎの延命しかできなかったからな……」
聞いたところによると、これまでの治療では苦痛と怠さが緩和する程度でここまで回復したことはなかったらしい。
「まだ完治したと決まったわけじゃないと思うが」
「そうだな。経過観察は必要だ。だが、どちらにしてもオレはもうお役御免だろう。仮に一時的でも、あそこまで回復させられるのはきっとお前だけだ」
彼の表情は少し寂し気だった。
いやいや、さり気なく俺に引き継がせるみたいな空気出すのやめてくれない? 俺は後続のエルフたちの安全を確保したら全国行脚のドライブに赴くつもりなのだ。
「そうならないように頑張れよ。お前は天才なんだろ?」
「へっ、気軽に言ってくれるぜ。だが、違いねえから困る」
俺が奮起を促すために煽るとルドルフは鼻を鳴らして笑った。
よくわからんがやる気を出してくれたみたいでなによりだ。
しっかり頼むぜ。さすがにここまで関わって放置だと見殺しにしたみたいで後ろ髪をひかれた気になるからな。
「しかし回復魔法に限るとはいえオレ以上の魔法の使い手がいるとは驚いたもんだ」
ルドルフが人間の中でどれほどの使い手なのかは知らんが、エルフを含めても自分が一番だと考えていた自信は大したものである。
でも申し訳ないけど多分、他の魔法でも俺のほうが上回ってると思うよ。
まあ、俺の力はあくまで女神様に貰ったインチキだから偉そうなことは言えないのだが。
自力で掴んだ力ならギルドでの仕返しも兼ねて目一杯馬鹿にしていたところだ。
「それより、約束は果たしたんだからギルドのブラックリストについては頼むぞ。さすがに人里に出てきて自給自足とかはしたくないからな」
「しょうがねえな。話はつけといてやるよ。言っとくが、貸しイチだぜ」
なんでだよ。謎のマッチポンプ理論はやめろ。
普通にお前らが俺に多額債務状態だろうが。
「まさかエルフが助けてくれるとは思わなかったわ。最近のエルフは人間を毛嫌いしているみたいだったから」
回復したリリンの母親が改めて礼を言ってきた。
ハキハキした口調に生気の灯った瞳の色。
やつれ具合を除けば見違えるようになったな。食事が摂れるようになれば体型も元通りになるだろう。
改めて自分の回復魔法の威力を思い知った。女神様がくれた才能、正直やばすぎるよな? どう考えてもちょっとどころじゃないと思うんだが。
女神様、力の加減を間違えたんじゃないの。比較対象がルドルフしかいないので断定はできないけど。
「ルドルフ君もありがとう。今日まであなたが命を繋いでくれたおかげで私はこうしてまた元気に立って歩くことができたわ」
リリンの母親はつまらなそうに壁にもたれかかっていたルドルフに言った。
「……っす」
ルドルフは照れ臭そうに頬を掻いて小さく頷く。こいつ、クソチンピラのクセにリリンの母親の前だとやけに大人しいな。
年上の熟女が好きなのか、それともリリンの母親が実は恐ろしい人物だったりするのか。
どっちもありえそうな気がする。
「そういえばエルフさんはうちの娘とはどこで知り合ったの?」
人間関係について考察をしているとリリンの母親は再び俺に視線を向けて訊ねてきた。
「ギルドの酒場ですね」
「ギルドの居酒屋で!? それはまあまあ……!」
俺が答えるとリリンの母親は満足そうに目尻を下げる。何がそんなに嬉しいのだろうか。
「私も昔、エルフの友人とギルドの酒場で出会ったのよ。フフッ」
いじらしそうに身をくねらせて熱っぽい顔つきをする人妻。
十六歳の娘がいる割に若く見えるリリンの母親だが、うら若き少女のような動作を見せるとやはり違和感があった。
ごめんなさい、鳥肌立ちました。
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