逃走と治療3『――ねえ、平たいビッチって何?』




 平たいビッチの先導で俺は舗装されていない地面やひび割れの多く目立った建物が並ぶ町の外れの区域に立ち入っていた。


 商業区域とは異なり、上品に整頓されていない雑多な町並み。


 恐らく、貧民層の暮らす地区に相当するのだろうなと俺は察した。


 通りを歩いていると、サイズの合わない服を着たガキどもが笑い声を上げながら走り抜けていく。


 俺たちが無言であるからガキどもの声が余計に大きく感じた。


「…………」


「…………」


 惰性で繋がれたままの手の平にじんわりと汗がにじんでいる。とっくに衛兵たちの追跡は撒いて平たいビッチに手を引かれる必要はないのだが。


「なぁ、この手さぁ……」


「…………」


 平たいビッチは聞こえないふりをしているのか無反応を貫いて振り返らない。


 まるで俺を絶対に逃がさないために繋ぎ止めているようだった。


 捕まえたカブトムシをカゴに入れておくような、犬にリードをつけるような。そういう思考に不安のある生物と同等の扱いを受けていた。


 放っておいたらどこかへ飛び去ってしまうと思っているのかね。


 どうしてそんなに俺を留めさせておきたいのだろう。このままついて行けば明らかになるのだろうか。


 それが俺にメリットのあることとは思えんが。






「着いたよ」


 繋いでいた手を離し、平たいビッチはとある二階建て家屋の前で立ち止まる。


「ここは?」


「わたしの家」


 頬を強張らせ、唇を固く結ぶ平たいビッチ。


 ……そんな表情をされて、どう対応すればいいのだ。


「何のために俺を自宅に? 夕飯でも御馳走してくれるのか? それとも家族に挨拶とかすればいいの?」


「うん? まあ挨拶はしてくれたほうがいいと思うけど……」


 平たいビッチは意味がわかってないようで、反応は鈍かった。



「家族に挨拶だとッ!? 認めねぇ、そんなことはオレが認めねえぞ!」



 振り返るとそこにやつがいた。


 くすんだ金髪男ルドルフ、本日三度目の推参であった。


 頑固親父みたいなこと言ってやがる。


「またお前か……」


 俺はあまりのしつこさに絶句する。ほとんどストーカーの域だった。


 何が彼をそこまで駆り立てるのか。まったく恐ろしいね。


 ところでこの場合、俺と平たいビッチ、どちらのストーカーに分類されるのだろう。


 審議が待たれる展開である。


「さぁ、第二ラウンドと行こうじゃねえかエルフ野郎。決着をつけようぜ?」


 彼の服装と髪型は若干乱れていた。加えて仲間を伴わない単騎での出没。こいつも力技で逃げ出してきたのか? 


 ギルドに顔が利くこいつなら権力を行使すれば無罪放免にしてもらえそうだが。


 そんな交渉すら惜しいほど焦っていたのか。


 しかし、決着ならもうついたはずなんだがなぁ。


 四対一で挑んでおいて延長戦を所望とか往生際が悪すぎんぜ。


 往生しながら転生先で未だトラックを引きずっている俺が言うのもアレだが。


「ルドルフ、お願いだから今は何もしないで。この人の機嫌を損ねることはやめてよ」 


「リリン、もしかしてお前、こいつにマリサさんを診させるつもりじゃないだろうな?」


「……だったらどうだっていうの?」


「こんな得体の知れないエルフに任せるなんて正気じゃねえよ! 回復魔法ならオレがかけてやるって言ってるだろ!」


 俺の知らない事情について俺が話について行けないまま俺が参入すること前提で討論が進められている。


「この人の回復魔法は次元が違った。ひょっとしたら完治するかもしれない」


「こいつなんかにできるわけがねえだろ! 大体、あの病気は完治なんか――」


「……それ以上は言わないでよ」


「……すまん」


 ふっ、勝手に盛り上がって勝手に気まずくなりおったわ。しょうがない。ここは第三者の俺が間に入ってやろう。


「平たいビッチよ。それでお前は俺に何をさせようというのだ?」


「――ねえ、平たいビッチって何?」


「あっ……」


 うっかり心の中の呼び名で呼んでしまい、気まずい空気の仲間に取り込まれた。

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