逃走と治療2『トラックエルフ』




「くっ……、あばらが二、三本いっちまったか……」



 地面に大の字に倒れていたルドルフが吐血しながらむくりと上体を起こした。



「!?」



 むしろ二、三本で済んだの!? 


 自分で言うのもアレだが、トラックと正面衝突してそれってかなりの軽傷だぞ。


「事前に防御力上昇の魔法をかけていなかったら恐らく即死だったな……。さすがオレ様は天才だ。常に先の先まで読んだ行動をすることができる」


 なんか自画自賛しているのが最高に気持ち悪かった。


 しかし魔法の効力がなければ即死だったのか……。


 あれでもまだ加減が足りていなかったらしい。人間の肉体というものは扱いが難しいな。


「それにしてもお前、なぜあの粉を浴びて魔力が無効化されていない……! この体の硬度は普通じゃねえだろッ」


「別に魔法を使っているわけじゃないからな」


「魔法じゃないだと……? そんな馬鹿なことがあるか! お前は一体何者なんだ!」


 自分の常識外のことを話されて喚き散らすルドルフ。落ち着けよ。先の先まで見通せるんじゃなかったのかよ。


 俺はクールこう返答してやった。



「俺はただのトラック……エルフのグレン。里の掟で外の世界を旅する者だ」



「トラックエルフ……。なるほど、お前は新種のエルフということか……。道理でいろいろ規格外なわけだ」


 ルドルフは空を仰ぎながら意識を失った。


 ……いや、違うから。


 間違えてうっかりトラックって言っちゃっただけだから。


 噛んじゃっただけなんだよ。そこの部分を足し合わせるなよ。


 それに俺はちゃんと道路運送車両法の規格内だからな。


 そうじゃないと販売されないんだからな? おかしなクレームはつけてくれるなよ。


「お兄さんは、トラックエルフ……」


 ほら、さっそく平たいビッチが間違えて覚えやがった。






「ほらほら、どいたどいた! 暴れてるのはどこのどいつだ?」


 ルドルフ一派を撃退し、ようやく本来の目的に行きつけると思った矢先である。


 鎧を装備した衛兵らしき風体の男どもが野次馬を押し退けて道の向こう側からやってくのが視界の先に映った。


 住民から通報があったんだろうな。そりゃあれだけ派手にやってりゃ来るよなぁ。


「またこのクソガキどもか!」


「キメラの目撃情報が出て警備を強化しないといけないのに騒動を起こしやがって!」


「これだから貴族のボンボンは困るんだ!」


 衛兵らは道端で意識を失っているルドルフ一派を見ると口々に不満をぶちまける。


 連中は騒ぎを起こす常連のようだった。


「……おい、確か喧嘩の相手は赤い髪のエルフだって話だったよな?」


「……ああ」


 衛兵たちはそんな会話を交わすと俺に視線を向けてきた。


 まずいぞ。俺の外見的特徴がばっちり伝わっているではないか。


 正直、ここで捕まるのは困る。


 一度拘束されたらどれくらい身動きができなくなるのかわからない。


 ルドルフは権力者の息子らしいし、下手をすればこちらが全部の責任を負わされてあらぬ罪を着せられてしまうかもしれない。


 どうするべきか……。


 物理無双のトラックも司法機関が相手ではまるで無力と化す。


 現代でも道交法の言いなりだったしな。


 罰金に切符。ああ、恐ろしや……。


 俺が衛兵たちにたじろいでいると、そっと何者かに手を握られた。


「お兄さん、こっちだよ」


 俺の手を掴んだのは平たいビッチだった。彼女は俺の手を引いて裏路地まで導いていく。


「お前、どうして……」


「言ったでしょ。お兄さんに付き合ってもらいたいところがあるって。衛兵の知らない裏道を使って逃がしてあげる」


「ふむぅ……」


 他に選択肢のなかった俺は平たいビッチに引っ張られるがまま、裏路地に逃げ込んだ。



=====



 夕焼けが眩しく空をオレンジ色に染めている。衛兵からの追跡を避けて裏路地をぐるぐる巡っているうちに結構な時間が経っていたようだ。


 御令嬢たちもニッサンの町に入った頃だろうか?


 輩に襲われたりゴブリンを倒したり。チンピラから喧嘩を売られたり、喧嘩をしたり、衛兵から逃げ惑ったり……。


 信じられるか? これ、一日で起こった出来事なんだぜ? 


 田舎者のエルフに対する人間界の洗礼はとても厳しいものだった。


 俺じゃなければ確実に詰んでたね。いや、ネタじゃなくてマジでそう思う。

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