ゴブリンと無双6『お漏らしだけに』

「俺はグレンといいます。里の掟で外の世界を見て回る旅をしている身の者です」


 俺は吹き出しそうになるのを堪えながら自己紹介をする。


 ところでエルフが人間を嫌ってるって、そんな話はどっからきたのだろう。男連中は町の人間女性と浮気するくらいだし、そういう風潮は里の中にはなかったと思うが。


 外にいるエルフの誰かが彼女らに嫌がらせでもしたのかね。どこがソースなのかは今後の身の振り方にも影響してくるので少々気になる。


「ぜひともこの恩のお礼をしたいところなのですが、我々は一度どうしてもニッサンの町に向かわなくてはならないのです。我が家の当主である父の命を受けて、領主と会談の約束を取り付けておりまして……」


 御令嬢は恐縮そうに言って上目遣いで俺を見てくる。


「別に構いませんよ。そもそもお礼とかは気にしてないですし」


 単純に放っておけないから手を貸しただけだ。あれこれ要求するのは褒められた行動ではないだろう。


 古今東西、欲の皮の突っ張った人間はロクな死に方をしないと聞くからな。


 まあ人間じゃなくてエルフなんですけどね。


 定型に入ってきたギャグを脳内で反芻し、突っ込みのいない寂しさを感じる孤独な自問自答していると、


「ところでグレン殿はどこへ向かうつもりなのですか? もしも道中が同じならばわたくしどもの馬車でお送りさせていただけませんか?」


 令嬢は目を輝かせてそんな提案をしてきた。ええ……。


「自分はニッサンの町へ行ってしばらく滞在する予定でしたが……」


「ふむ。それなら馬車を使えばもうあと半日も経たずに到着できるでしょう。ぜひ我々と一緒に乗っていってくだされ」


 レグル嬢と合わせてゴリラな隊長まで親切の押し売りをしてくる。


 なんと迷惑な。俺は自分の足で走ることを最高の楽しみにして旅に出たというのに。


 大体、半日って俺が本気で走ればもっと早く着くし。


「……お嬢様、それに隊長も。僭越ながら申し上げさせていただくと、グレン殿は恐らく馬車よりも早く移動できる手段を持ち合わせているはずです。無理強いはかえって無礼にあたるのではないでしょうか?」


 ちらりと俺に視線を寄越しながらそれまで無言を貫いていた女騎士は言った。よくわかっているじゃねえかこの女騎士。


 名前はなんだっけ……忘れたけど。でも、いいやつだ。俺が感謝を込めてにっこり微笑みかけるとサッと視線をそらされた。うん、失礼な奴だ。


「……そうですね。確かにあれだけの速力をもってすれば馬車などでは及びもつかないでしょうね。浅慮な物言いでした。ならば、気が向いたらで構いません。我々も今日の夕刻までには町に入る予定ですので、陽が落ちましたら領主の邸宅にまでお越しください。精一杯のもてなしができるように取り計らっておきますので」


 レグル嬢は残念そうに言って、俺を見つめ、長いストレートの金髪を揺らした。


 女騎士はクールな感じで目を伏せ、ゴリラな隊長は年長者らしい落ち着いた笑みを浮かべ、美形な脱糞騎士はやたらと白い歯を見せつけながらウィンクしてきた。



 だけど彼らの下履きは汚れているのだ。なんとも締まらねえよなぁ。お漏らしだけに。






「ふん!」


 御令嬢が汚れた衣類を召し換えるために馬車に入ったのを見届けると、俺は頭の中身がオープン御開帳になって死んだ騎士に回復魔法を送ってみた。


 だが、騎士の身体はうんともすんともいわなかった。

 やはり死者の蘇生まではできないか……。


「無理か……」


 余計な期待をさせないように御令嬢がいない隙を見計らってやってみたが、言わなくて正解だった。


「仕方ないですよ。本来なら全員死んでいたかもしれないんです。お嬢様を救っていただけで十分すぎるくらいです」


 いつの間にか隣にはそこそこ美形な脱糞騎士が佇んでいた。ゴリラな隊長は馬車の入り口の前で番をしている。


「ええと、あんたは確か脱糞の……」

「はい、僕の名前はデリックと言います。よろしければお見知りおきを」


 ああ、そうだ。そんな名前だったね。美形脱糞騎士のデリックは蘇生に失敗した俺を気遣うように声をかけてくれた。


 糞漏らし呼ばわりしたのに爽やかな相好を崩さず丁寧に応対してくるあたり、このデリック君はいいやつっぽいな。


 ちなみに彼はとっくに着替えを済ませている。


 何を恥じらうものかという屋外でのフル脱衣は優男の風貌に似つかわしくない彼の訓練を積んだ戦士らしい野性味を感じさせて好感を持てた。


 女騎士も最初は外でやおら脱ぎ始めたのだが、令嬢に止められて今は馬車の中で令嬢とともに着替えている。


「……まあ、そのすまんな」


「魔法で死者を生き返らせることなんて不可能なのですから。グレンさんが謝ることなんて何もないじゃないですか」


 一応、どんな高位の使い手でも死者の蘇生など夢のまた夢というのがこの世界の常識である。


 だが、俺の回復魔法は初級レベルであれだけ治ったのだ。上級の回復魔法ならひょっとしたら生き返らせることもできたかもしれない。


 俺の授かった才能だったらその常識を打ち破る効力を発揮できたのではないか。俺の言葉には怠惰だった自身への後悔も含まれていた。


「ダイアンが先陣をきってゴブリンの注意を引き付けなければグレンさんが来るまでもたせることもできませんでした。あいつは騎士として役目を果たして立派に散りました。悲しいことなんて何もありません」


 ……実は最初のほうは様子見をしてましたなんて絶対に言えない。二重に後ろめたくなってきた。


 俺の内心も知らず、デリックは俺が気負わないように柔らかく微笑むのだ。その笑顔は悲しみの心を押し殺しているのが丸わかりだった。


 輩の時とは違い、俺はもう少し魔法についても真剣に取り組んでいればよかったかなと、僅かながらにそう思ったのだった。

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