チンピラと冒険者ギルド1『【empty】』

 御令嬢や騎士の一行と別れて一時間ちょっと。


 時速九十キロで駆け抜けた俺はニッサンの町に到着した。


 やはり馬車でちんたら走るより全然早かったな。


「……ん? おおっ?」


 町に着いた途端、俺は急激な空腹感に襲われて地面に膝を着いてしまった。


 ……まさか、これは燃料切れか!?


 久しく味わっていなかった感覚に俺は戸惑いを覚える。


 腹の音がグルルと鳴り響き、脳裏に浮かぶは【empty】の文字。


 どうやらこの体においては摂取したカロリーが軽油と同等の扱いになるようだ。


 仕組みは不明だが、状態が確認できるのはありがたい。


 何も表示がされなかったら何事かと軽く混乱していたところだった。


 あの女神様はいい仕事をしてくれる。


 だが、おかしい点がひとつあった。


 俺は一時間ちょっとで走れなくなるような燃費の悪さではなかったはずだ。


 うーん……? 


 そこで思ったのはエルフの料理は低カロリーなものが多かったということ。


 里で食っていたものは野菜に木の実、川魚が主だった。


 肉は脂の少ない箇所をあっさりした味付けで稀にしか食していない。


 出立前に食べてきたのも果物とパンだけだったし。


 アブラモノや濃い味付けを好まないヘルシーなエルフの食事文化では俺のスペックを十分に活用するのに必要なエネルギーを賄えないのかもしれない。


 今日はゴブリンや輩どもを追いかけたりしたからな。


 転生後、過去最高の距離を稼いだおかげで今まで露呈しなかった問題点が表面に出てきたのだろう。


 想定外の設定だったが、この段階で把握できたのは助かった。


 もし気軽に栄養補給ができない場面でガス欠になっていたらと思うとぞっとする。


 エルフの食文化に不満はなく、体質的にもちょうどよかったが、これからはカロリーの高いものを意識して摂取するようにしたほうがいいな。


 それから塩や砂糖、ハチミツの類も非常食として購入しておこう。


 手早く補給できる栄養素の所持は必須だ。


 そういえばこの体で動力源たる軽油を飲んだらどうなるのだろう。


 ……普通にお腹壊しそうだな。


 そもそもこの世界に軽油が存在しているのか不明だが。


 まあ、それはそれとして。ひとまず飯にしようかな。



―――――



 町の中央広場にある噴水の縁に腰かけ、母親に持たされた弁当を紐解く。


 母親もニッサンの町で俺がこれを開いているとは思っていないだろうなぁ。


 町までは数日かかるからと干し肉とかの非常食をたっぷり持たされたし。


 弁当の中身はおにぎりと山菜の煮付、カエル肉の燻製だった。


 実にヘルシーで少量なエルフ的献立である。


 ……ご主人はコンビニのホットスナックとカップ麺ばかり食べていたっけなぁ。


 外界に出て、ふと思い出したのは自炊の苦手なヤンキー少女の食事風景。


 あれは健康面でよくないと思っていたが、その後改善はしたのだろうか?


 弁当くらいは作れるようになったのだろうか?


 すでに確かめる術はないので、その答えは永久に闇の中だ。


「……いただきます」


 ちょっとだけもの悲しくなりながら俺は両手を合わせて食前の挨拶をする。


 当分はお別れになるお袋の味である。この味付けが食えるのは早くても一年後。


 しっかり堪能しておくとしよう。


「うまそうな、にく」


 弁当に手を伸ばしかけたところで目の前に佇む人の気配を感じた。


 目線を上げると俺の前に幼女が立っていた。


「…………」

「…………」


 幼女の視線は俺の弁当のカエルの燻製に一直線だった。


「……肉が食いたいのか?」

「おなか、減った。にく、食いたい」


 片言で答えながら激しく首を縦に振る幼女。さながらヘッドバンドのような勢い。


 そんなに空腹なのだろうか。


 親は何をしているのだろう。身なり的に浮浪児ということはなさそうだが。


 親の怠慢か、もしくはこの子のワガママか。


「カエルの肉だけどいいのかい?」


 可能性をいろいろと思考しつつ、とりあえず間を取る意味合いを含めて訊いてみた。


 すると、


「…………」


 幼女はピタっと動作を停止させ、


「ヤッ!」


 逡巡の間を置いた後、キレのいい拒絶をした。


 カエルの肉は嫌だったらしい。美味いのになぁ。


 俺は母親の手料理が否定されたような気がして少し切ない気持ちになった。


『ニクニクニクニク……』


 好みの肉を求めて去っていく幼女。


 なぜか町の人間たちは悲鳴を上げながら幼女を避けて道を開けていた。


 すまんな。次に会うときは君の眼鏡にかなう肉を用意しておくよ。


 俺はそう思ったり、思わなかったりした。

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