ゴブリンと無双5『レグル・テックアート』

「よかった、無事だったんだな! 私たちは助かったんだぞ!」

「うう……おぉ……」


 デリックという脱糞美形騎士は顔がパンパンに腫れあがっていたり、足や腕が歪な方向に曲がっていたりと重傷であったが、なんと生きていた。


 あれだけボコスカ殴られていたくせになかなかタフなやつである。


「エぶぁんジェひン……ほじょぅはま……」


 殴られて顎か歯でも砕けたのだろう。彼は上手く喋れないようでモゴモゴと女性陣の名を呼んでいる。見ているだけで痛々しい。


 一応、回復魔法でもかけておいてやろう。俺の覚えてる初級魔法じゃ応急手当てくらいにしかならないと思うけど。


「ふんっ!」


 頭の中で呪文を唱え、脱糞美形騎士改めデリックに魔力を送り込む。


「「「「…………!?」」」」


 デリックの顔面の腫れはみるみる引いていき、変な向きに折れていた手足は逆再生でも見ているかのようにするすると正常な位置へ戻っていった。


 魔法をかけて数秒経たず、痛みすら麻痺するレベルの大怪我を負っていたデリックはすっかり健常な状態になっていた。


「まさか貴殿の魔法によるものなのか……?」女騎士は目を丸くした。


「すごいです……」御令嬢は感嘆の声を上げた。


「おお……マジでか」俺もびっくりしていた。


「……まるで怪我をしていたのが嘘みたいだ……」


 デリックは自らの身に起こった奇跡に呆けていた。信じられないといった様子である。

 俺だって信じられないよ。


 なんでこんなにすごい回復してんだよ。超回復かよ。女神様、確かに魔法の才能をくれるとか言ってたけど、ここまで桁外れのもんだったのか。


 里では練習でも試験でも掠り傷程度しか治さなかったからなぁ。自分の魔法が低級なものでもここまで効力があるなんて知らなかった。


 これならあの輩も治してやれたかもしれない。すまんな。


 でも治せるのを知っていても魔法はかけてやらなかったと思うけど。






「隊長は……ダイアンは!?」


 傷が癒えたデリックは御令嬢と女騎士が無事なことに安堵すると、先にやられた二人の騎士に意識を回した。


 最初のほうで潰されていた隊長とダイアンとかいう騎士はゴブリンたちからも放置されて地面に横たわっていた。


 ダイアンというやつは頭がパカーティでグロイ感じになっているが、隊長のほうは一見目立った損傷はない。


 むしろデリックのほうが重症に見えたほどだ。


 きっと表に見えない内臓部分にダメージを負って息絶えたのだろう。人間の身体って内側の損傷のほうが厄介らしいし。


 俺たちは沈黙して亡骸を見下ろす。重い空気が立ち込める。全く知らない連中だが、悲しんでいる人たちを間近で見ると胸がもやっとする。


 外の世界では死者に合掌をする文化があるのだろうか。エルフの里ではそういう決まりはなかったけど。


 どう反応すればいいのか俺が決めあぐねていると、不意を突くように隊長の身体が痙攣し始めた。そして、


「ぐふっ……ごがっ……」


 咳き込み始めたとともにおびただしい量の血液を口から吐き出した。


「隊長……? まさか、息がある!?」


 女騎士はしゃがみこんで顎鬚がワイルドな隊長とやらの呼吸を確かめる。

 生きているのならなんとかなるかもしれない。


「ふん!」


 俺はまたも頭の中で呪文を唱えて魔法をかけた。


 ……この隊長さん、ご主人にいやらしい目を送ってはたびたびセクハラをしていた運送会社の先輩オヤジに似ているなと思いながら。


 苦しそうにもがいていたおっさんも次第に呼吸が和らぎ、ゆったりと息をし始める。


「お、オレは生きているのか……?」


 結構失礼なことを考えながら放った回復魔法だったが、おっさんは何事もなく無事に目を開けたのだった。






「わたくしはテックアート家の長女、レグル・テックアートと申します。おかげで犠牲も少なく窮地を抜けることができました。まさかエルフが我々を助けてくださるとは。あなた方は我々人間のことをあまりよく思っていないと思っていたので意外でした。もしよろしければお名前をお聞かせ願えませんか?」


 御令嬢ことレグル・テックアートはスカートの裾を軽く持ち上げながら丁寧な会釈をしてきた。


 三人の騎士は御令嬢から一歩下がった位置に控え、膝をついて頭を垂れている。


 おい、股座を排泄物で汚した連中にしっかりした作法で礼を言われるとなんだか笑えてくるからやめろ。

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