ゴブリンと無双4『赤色だった。』



―――――



 赤色だった。


 何の話かといえば、それはゴブリンの血の色であり街道の色であり、そしてまた妹の好むパンツの色であった。


 ゴブリンの血で真っ赤に染まり、肉片飛び散る街道を見渡すと、またもやり過ぎたなという思いが募る。


 ああ……日に二回もトマティーナを開催してしまった。


 こう立て続けだと当分はトマトなんか食えたもんじゃねえな。見るだけで気分が悪くなりそう。


 オークからは何発かもらってしまったが、大したダメージにはならなかった。


 せいぜい車体に軽いへこみができたくらい。ガードレールに擦ることが日常的だったご主人の雑な運転に慣れた俺には無傷に等しい。


 鋼鉄の身体による時速百キロでの体当たりは、生身の有機生物に対して今のところ無敵だった。




「信じられない……あれほどのオークとゴブリンをたった一人で……。一体どんな魔法を使えばあんな肉体強度と移動速度を維持し続けられるのだ……」


 女騎士は茫然としながらぶつぶつ呟いている。ちょっと派手にやりすぎたか。冷静になったら不審がられるかもしれないな。


「二人とも、大丈夫か?」


 後のことは後で考えるとして、俺は二人にすべてが終わったことを確認させる意味合いも含めてそう言った。


「あ、ああ。助かった。君は命の恩人だ」

「本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのか……」


 怖がられるかと思ったが、そうでもないようだ。


 二人は口々に感謝の言葉を述べてくれた。


 心なしか、主人よりも女騎士のほうが偉そうな物言いである。


 性格の問題だろうか。


「うっ……」


 御令嬢は青い顔をしながら口元を押さえて俯く。


「お嬢様! どこか怪我でもなされたのですか!?」

「申し訳ありません。ちょっと気分が悪くなってしまって……」


 お漏らしをしたから水分が足りなくなったのかな。人体の七割は水でできていると聞く。脱水状態が続くのは危険だろう。


「そうだ。ちょうどいいものがあるんですよ。よろしければ、どうぞ」


 俺は先ほど輩から奪ったトマトを鞄から取り出した。暴れまわったせいでちょっと潰れていたが、品質にそこまで影響はないだろう。


「……っ! これは……」


 お嬢様がヒッと声を出し、目を大きく開いて戦慄く。


「どうかしましたか?」

「おげええええええええええええ――――ッ」


 お嬢様は頬を膨らませて一瞬だけ堪えた後、口からもんじゃを噴射した――さながらマーライオンのように。


 晴れた空に虹がかかり、赤一色の街道に黄色いアクセントがついた。


 ……名も知らぬ輩よ、やっぱり女性の嘔吐でも汚いものは汚いと思うぞ。



―――――



「いや、すいませんね。まさかお嬢様がそこまでトマトが嫌いだったとは思わなくて」

「……そういうわけではなかったんですが」


 お嬢様は口元をハンカチで拭いながら気まずそうに答える。


「この真っ赤に染まった光景を見たらとてもじゃないけどしばらくはトマトを食べる気になれなくて。もらってくれたら無駄にならなくていいと思ったんですけど、残念です」


「…………」


 俺が言うと、お嬢様はジト目で俺を見てきた。

 あれ、なんだろう。彼女から感じられる温度がすごい下がったような気がするんだけど。


「デリック! デリック! お前、息があるのか!?」


 他の騎士たちの様子を確かめていた女騎士が突如、歓喜の声が上げてそう言った。

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