僕の願い

「父さんと母さんに逢わせてください」


 僕は主を見上げてもう一度、祈るように言った。

 不可能とも思える僕の願い。本当にかなえてもらえるのだろうか。


「奥の部屋へ行ってごらんなさい。あなたの逢いたい人たちが待っているわ。ピアノの音が聞こえるまでの間、お話をしていらっしゃい。曲が終わったら、お別れよ」


 思いもかけない答えに、いや待ち望んでいた答えに僕は言葉を失った。疑っていたわけではなかったけれど、半信半疑だったのだ。


 本当に、逢える……?


 戸惑っている僕に、主が奥の扉を指し示す。

 僕は隣の部屋に駆けこんだ。




 扉を開けるとそこには……。


「父さん! 母さん!」

 

 たった数日逢わなかっただけなのに、ずいぶん懐かしい気がする。

 

 いつも叱られて、反抗して。父さんたちの言うことをきかなくて。


「今までごめんなさい。いっぱい怒らせちゃってごめんなさい。いっぱい泣かせちゃってごめんなさい。わがままばっかり言ってごめんなさい。悪い子でごめんなさい」


 素直になれず言えなかった言葉が、次々と溢れ出てくる。

 涙がとめどなく零れて、せっかく逢えたのに顔がぼやけてちゃんと見えない。僕は小さな子供のように両親にしがみついて泣いた。


「弦。弦は悪い子なんかじゃなかったよ。私たちの大切な宝物だった」


 ふわりと抱きしめてくれる。


 これは、夢? 


 本当に抱きしめてもらっているような感覚。


「私たちの自慢の息子よ」

「そんなことない、そんなことない、そんなことない! いっぱい困らせたし、いっぱい心配かけたし、いっぱい……」


 言いたいことがたくさんありすぎて、気持ちが溢れすぎて言葉が続かない。



 しばらく泣き続けた後少し落ち着いた僕は、大事なことを思い出してポケットにしまっていたあるものを取り出した。掌の中に握りしめたそれを、母さんに差し出す。


「これを採りに行ってたんだ」


 母さんは掌の上のそっと乗せたのは───淡い紫色を内包した白っぽい石。ラベンダー翡翠。ピンポン玉サイズの原石。


 父さんと母さんが目を丸くしてその石を見つめている。


 母さんの誕生日までに見つけたくて、何度も何度も山の奥まで沢の上流まで通った。


 いっつも怒らせてばっかりの僕が、いたずらして困らせてばっかりの僕が、こっそり見つけてプレゼントしたらどんな顔するかなって思ったんだ。


 この頃あんまりよく眠れないと言ってた母さんに。翡翠は安眠効果があるって聞いたから。健康にもいいらしいし。

 それから通っているときに出会ったおじさんが教えてくれたんだ。なかなか見つからないラベンダー翡翠には特別な魔法があるって。幸せを運んできてくれるんだって。


 やっとのことで見つけたその原石は、母さんの好きな淡い紫色。


 いつもちゃんと沢にそってある遊歩道を歩いて帰るのに。特別な石を見つけた嬉しさから、早く帰りたくて──近道をしてしまった。


 そして急いで尾根筋を駆け下りて、もう少しで家に着くところまで帰ってきて、躓いて転がり落ちた。石はそのときに落としてしまった。



「約束を守らなくってごめんなさい。一人で山に入ってごめんなさい」



 逢瀬の終わりを告げる合図のピアノが聞こえてくる。



 ああ、でもこれだけは伝えなきゃ。一番大事なこと。


「ありがとう。僕を生んでくれて。ここまで育ててくれて。父さんと母さんの子どもに生まれて、本当によかった。

 愛してくれてありがとう。

 それから、ごめんなさい。親不孝しちゃってごめんなさい。

 僕はもういっぱいもらったから、幸せをいっぱいもらったから、だからもうぼくのために泣かないで」

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