どこかで聞いた話

花京院

隣人

 どこかで聞いたことがある、そんな話。



 4月。

 大学を無事卒業し、晴れて新社会人となった田中一郎、22歳。

 親の反対を押し切って上京した彼の住むアパートは新築の二階建て。

 どこにでもあるような構造。名前もシンプルに『○○ハイツ』といった。

 そのアパートの203号室が彼の新しい生活の場である。



 それから一週間。

 新生活にも慣れ始めた、田中一郎。

 隣に住む、202号室の鈴木さん。可憐で愛想のいい20代の女性だ。

 朝玄関を出ると必ず自信の部屋の前を掃き掃除している律儀な人。

 さらにその隣に住む201号室の山田さん。50代くらいの気前のよさそうなおじさんだ。

 彼も通勤前によく会う。あいさつをすれば挨拶を返してくれる、そんな関係だ。


 201、202、203、そして204号室と四部屋並ぶ構造のアパート。

 近隣住民はみないい人ばかり。

 田中はそれを幸運に感じていた。


 しかし、いまだ204号室の住人、木村とは会っていない。

 だが……


 新生活が始まった当初からの問題。

 それは204号室の住民、木村が夜になるとこちらの壁をたたいてくるのだ。

 執拗にたたいてくる。

 はじめは子供が暴れているのかと思ったが、どうも違うらしい。

 

 壁をたたく音は日に日に増していった。

 

 そんなある日。

 会社で失敗してしまった田中。

 疲れと罪悪感がこみ上げる中帰宅した。

 気にしても仕方がない。そう気を取り直しビールを片手にテレビをつけようとした、そのとき、

 ドン、ドン。

 また、壁をたたく204号室の住民、木村。

 疲れからいらだった田中は壁をたたき返した。

 ドン、ドン。

 「うるさいですよー」

 ドン、ドン。

 すると、

 シーン。

 204号室からの音がやんだ。

 「なんだいえばわかる人なのか」

 そう安心した矢先。

 ドンドンドンドンドンドンドン。

 いつにもまして激しい音。

 田中は怖くなって壁から離れ、布団にくるまってその日は寝ることにした。


 あけて、次の日。

 幸いなことに今日は休日である。

 昨日の出来事を管理会社に言ってやろうと思い立った田中。

 さっそく電話をかける。

 プルルル。

 「はい。××管理会社です」

 「すみません。○○ハイツの田中と申しますが」

 「はい、どうされました?」

 「あの、204号室に住む木村さん、でしたっけ?その人、毎晩のように壁をたたいてきて眠れないんですよ。そちらから何か注意とかできませんか?」

 「はぁ、少々お待ちください」

 保留音。

 いわれるままに待つ田中。そうしてから一分ぐらい足っただろうか。

 「お待たせしました田中様」

 「はい」

 「あの、大変申し上げにくいのですが……」

 「はい?」























 「そのハイツ田中さん以外誰も住んでないんです」


 

  

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どこかで聞いた話 花京院 @kakyouin555

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