白雪姫

 翔は避けることもせず、防御もせず、ただ、金槌に叩き付けられ壁に叩き付けられた。


「どうして避けなかったの! 避けられたのに!」


 翔はミリアの攻撃を避けなかった。

 殺す気など無いことを、偽りだった日々が幸せだったことを証明するために。

 日々は偽りであったとしてもそこにあった幸せは本物であったとミリアに信じて欲しいが為に。


「どうして殺そうともしないの!」


 預言書は何もを語らずにただ、じっと眺め続けていた。


「好きな……人を……殺せるかよ」


 翔は意識が朦朧とする中でミリアのほほを触りながら、そう答えた。頭の中に過去の事が流れてくる。走馬燈だろう。治癒魔法を使おうにもそのイメージすらまともに出来ない。実際に出来たとしてもエーテルフレームとの戦闘でまともに魔力は残ってはいないだろう。


 翔はミリアが泣き叫ぶのを見ながら救世主失格だなと反省していた。たった一人の少女も救えないのに救世主か。


 そして翔は絶命した。




 ドラゴンロアー部隊とアストラル王が来た時には全てが終わっていた。

 ミリアは泣き叫びながら翔を抱きしめていた。翔は目を開ける様子はなく、ただ静かに眠り続けていた。


「お兄ちゃんの事大好きだったのに、なのにミリアはお兄ちゃんの事を疑ってた。こんなのって無いよ。お兄ちゃんはミリアの味方だったのにミリアはお兄ちゃんの味方になれなかったの?」


 ミリアはどうすれば翔がもう一度目を覚ますか考えた。

 そしてたった一つの冴えたやり方を思いついた。


 ミリアは翔の口にキスをした。

 

 いばら姫はそれで目を覚まし、呪いが解けた。

 白雪姫は王子様のキスで、眠りから目を覚ました。

 もしも本当に翔がミリアを愛していて、

 ミリアも翔を愛しているのなら、目を覚まして欲しかった。


「……ミリア?」


 ミリアは泣きながら言葉にならずに翔を抱きしめていた。翔は状況がまったく解らないのでとりあえずミリアを抱きしめて頭を撫でた。


 ドラゴンロアー部隊は何があったのか状況を理解出来ていなかったが、アストラル王と預言書だけがこの奇跡を理解していた。




 ローラとルナが翔に肩を貸しながら預言書の間から出て行く。ミリアもその後をついていく。


 預言書の間には預言書とアストラル王だけが残った。


「預言書、お前は翔の事を前に『勇者にも魔王にもどちらにもなる存在である』と言っていたな」

「だから議会が揉めたんじゃろ? わざわざ魔王を連れてきてどうすると?」

「しかしこの状況は間違い無くお前の預言通りの流れだ。ミリアから魔王の気配を感じない」


 ミリアは依然として高いマナと高い魔力を誇っていた。しかしエーテルフレームを無尽蔵に作ったり、マナを増幅させるような事はもう出来ないだろう。


「翔はおとぎ話のように蘇ったと預言書は本気で思っているのか?」

「未来が見える物としては番狂わせほど楽しい物はない」


 預言書は本当に楽しそうに笑っていた。


「翔は蘇ったのでは無くて、魔王として生まれ変わったのでは?」


 そう断言は出来なかった。アストラル王は本当に翔が死んでいたのかどうか確認をしていない。しかし翔の身体からマナを感じ取る事も出来ず、ミリアが泣きながら抱きしめていた。状況証拠は翔の死を意味していた。


 しかしミリアが死んでいると勘違いしており、キスによる接触と生き返って欲しいと言うイメージが生んだ治癒魔法によって翔の怪我が治った可能性を捨てきれなかった。マナの反応が読み取る事が出来なかったと言っても、死にかけていて読み取れなかった可能性も捨てきれない。


 全ては仮定の話でしかない。


 預言書の『勇者にも魔王にもどちらにもなる存在である』と言う話さえ聞いていなければ、アストラル王はここまで悩むことは無かっただろう。


「しかしアストラルよ。今の所翔からは魔王とおぼしき反応は見えないじゃろ? わしも翔の未来がうまく見通せない。お前も翔も頻繁に未来をねじ曲げるからな。今回も翔は運命をねじ曲げた。勇者とは自らの意思で選択し、運命を切り開く物だとわしは思っている。ならば、魔王であろうとも、この国を守る勇者である事に何の問題がある?」


「……もしも翔が魔王として覚醒し、我々に反旗を翻したら、私では無理だ」


「アストラル。お前も運命をねじ曲げてきた男だ。わしは何度もお前の死を預言し、お前は何度も覆してきた。お前もまた王である前に勇者であることを忘れるな」




 翔の怪我はすぐに良くなった。魔力、体力ともにどちらも問題が無かった。ミリアも緊急検査をすることになったが、魔王としての資質は失っているだろうとローラは答えた。


 緊急で開かれた円卓議会にモーセとローラが引っ張り出され、ドラゴンロアーの執務室はルナと翔の二人だけになった。


「まるでおとぎ話ね。キスだけでそんなに良くなる物なのかしら」

「奇跡でも何でも良いよ。ミリアが助かってこれから命を狙われる心配が無いなら」


 しかし失った物は戻らない。ミリアの両親が戻ってくることは無い。このまま孤児院に送られるのか、それともドラゴンロアーとして本当に戦うのか翔は聞いて居なかった。


「キスだけでそんなに効果って有る物なのかしら?」

「まぁある意味お約束だろ?」


 実際は魔王の力によるマナの譲渡で体力が回復しただけだろうと翔は思っていた。実際に触れたのはミリアがマナや魔法の使い方をうまく理解していなかったからにすぎない。


 ルナは翔の顔をじっと見つめる


「キスしてみる?」


 翔はいきなりの提案に声が出なかった。いきなり? いや、前振りはたっぷりあった。周りに誰もいない。カーディフとの決闘でルナを手に入れたとも言える。


 キスをする障害など無かった。


「お茶をお持ちしたのです」


 オッドがドラゴンロアーの執務室に入ってきた。


「泥棒猫」


 とぼそりと呟いたのを翔は聞かなかった事にした。



 就寝前だった。オッドがベットのど真ん中で胸元で指を結んで寝ていた。いや、寝てるふりをしていた。本当に寝る気があるのならば、かけ布団の上で寝るなどするだろうか。


 わざとだ。翔は確信した。


 そしてオッドがどうして欲しいかも何となく察してしまった。

 ……10股していたと言う王の事を翔は思い出していた。あんな男にならないと断言した翔ではあったが、それはこういう意味ではなかったはずだ。


「何て美しい姫だ」


 若干棒読みになりながら、白雪姫っぽい台詞を口にする。

 そしてオッドの口に口づけした。少しだけ気恥ずかしさが翔を襲った。


「はい。オッドのおうじさま」


 オッドはそういうと両手で翔を胸元に押しつけた。翔の顔に柔らかい物があたる。


「ルナには怒るのにミリアには怒らないんだな」

「もしもミリアを見捨てていたらオッドもごしゅじんさまを見捨てていたかも知れません。でもそんなことはあり得ません。ネコにすら命を投げ出すごしゅじんさまがミリアの事を諦めるとは一度も考えませんでした。ルナにだって怒って立ち向かったごしゅじんさまの事をカッコイイとオッドは思ってます」


「でも泥棒猫なんだ」

「それはそれ、これはこれです」


 オッドの中では明確な分別が出来ているらしい。


「それでは眠りましょうかお姫様」

「はい」


 明日はロベリアにでも今日の出来事について聞いてみるか。

 翔はそう暢気に考えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で特殊部隊に選ばれました 落果 聖(しの) @shinonono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ