バックボーン

ぞうむし

第1話

ゴリゴリ!!
「おっふ!!」
ベッドにうつ伏せになった
オールバック、カッターシャツ、
真っ白なイタリア製のスラックス、スーツの上着は脱いでいる。
目は垂れているが、鋭い30代後半のいわゆるヤクザふうの男が背中を押されている。

押しているのはマスク、20代後半、肩にかかるくらいの艶のある黒髪、黒ぶちの眼鏡、歯医者のような白衣を着た、細身の女だ。

コッ!!
ヤクザは仰向けになり首も捻られた。

女は指で首筋をすっとなぞり
「戻りました」
と呟いた。


ヤクザ「いや、先生、細いのにすごい指の圧力だな、あんた人殺せるよ」


ふふふ、
「簡単ですよ」
安堂は微笑んだ。

古く小さなビルの1階
安堂整体院


ー バックボーン ー

ヤクザ
「いやいや、何年も外科に通っても上がらんかった肩が一発で治るなんてなぁ」
嬉しそうに左肩をぐるぐる回している。


安堂
「左肩が上がらないのは背骨の3番がズレていたからです」


ヤクザ「はあ〜、レントゲン撮ったけど、そんなこと言われんかったよ?」


安堂「横のズレは写るのですが、
回転のズレは普通では写らないんですよね」
姿勢よく椅子に座っている。


ヤクザ「はあ〜、もっと早く先生んとこに来ればよかったわ〜、あのクソヤブ医者が!」


安堂「いえいえ、ヤブとかそんな問題じゃないんですよ」


ヤクザ「そうか?まあ俺も来るまで半信半疑だったからな」


安堂「はい、整体は国のオフィシャルではないので健康保険もきかないですし、民間療法的な印象ですからね」


「国もボンクラだな」
ヤクザはニヤリと笑った。


会計する待ち合い室の小さなテレビからニュースが流れてきた。

「外務大臣の中島昭一さん(52)
が外遊先のシンガポールで自殺しました。」

ヤクザは目を細め画面を見ている。

VTRから中島大臣の演説
「国の主権を取り戻すのです!」


ヤクザ「はっ、主権なんて持ったことなんかあるかよ」

「じゃあな、また来るわ」


安堂「はい、骨は矯正されても、筋肉はズレた方向にくせがついています、また違和感があるときはお越しください。」


ヤクザ「おお、また頼むわ」


安堂「お大事に」


安堂整体院からだいぶ離れた場所に路上駐車している黒い
トヨタセルシオ
舎弟のような男が直立不動で立っている。
「お疲れさまです!」とドアを開けた。ヤクザは無言で乗り込んだ。



「カフェモカ飲みたい」

14時、安堂は時計を見てひとりごとを呟いた。
予約表は17時まで「空」と書いてある。


「つぐみさんとこ行こう!」

ジェットへル、ボアのついたナイロンのジャケットに着替えた安堂はホンダ シルクロード 250CCに跨る、
ストン ストンというエンジンの軽やかな音。


大きな狛犬、神社とお寺が一緒になっている「櫛川神社」
その裏通りにある小さな横丁
食堂、散髪屋、飲み屋、軒並み古い店舗が並ぶ。
その一角にある喫茶店
「喫茶 羊屋」
安堂は店先にシルクロードを停めた。


安堂「つーぐーみさん!」

安堂より10は歳上、肩甲骨まで伸びた髪、白いカッターシャツにエプロンのつぐみ
「あら弓ちゃん、いらっしゃい」


安堂「漫画読みにきたー」
狭い店内にはCD、レコード、漫画と本が壁全体に敷き詰められている。
カウンターに漫画を山積みにして安堂は美味しそうにカフェモカを飲んでいる。


つぐみ「弓ちゃん漫画好きね〜」


安堂「うん、カフェモカと漫画があれば生きていけるわ〜」


つぐみ「ほんと弓ちゃん見てると元気でるなぁ」

少し疲れた表情のつぐみに
察したように


安堂
「何かあった?」


つぐみ「、、うん最近ね、この横丁でガラス割られたり、変な嫌がらせが多いのよ、」

安堂「何で??」


つぐみ「うん、少し前にこの横丁を売ってくれって人がいてね、
みんなで集まって話し合って断ったのよ、」
「私なんかおばあちゃんから受け継いだお店だから特にね、」

「それからしばらくしてからガラの悪い人が来るようになったりしてね、」


安堂「ここ買ってどうするんだろ、」

つぐみ「噂じゃここに大きな商業施設を建てる計画があるっていうからね」


安堂「ええーここ無くなったらやだ」

つぐみ「大丈夫だよ」



海堂会
竹詰組


ヤクザが事務所に入ると数人の組員たちが一斉に
「お疲れさまです」
「巻留間さんお疲れさまです」
と挨拶をした。


ヤクザ「タケツミのキョーダイはいるかい?」

組員「はい!奥に!どうぞ!!」

中に入ると竹詰組長「おお!マキルマのキョーダイ!!」


ヤクザ(の名はマキルマ)「悪かったなぁ、突然来て、」

タケツミ「なに言ってんだよ!いつでもいいよ!オラ!早くコーヒー持ってこんか!!」と組員をドヤした。

「なんだよ、キョーダイ調子よさそうだな?」

マキルマ「ああー、忌々しい肩と首の痛みが取れてな、」

タケツミ「キョーダイずっと難儀してたからな、よかったな!いい病院見つけたのか?今度教えてくれよ」


「ああ、」とマキルマは微笑んだ。

コーヒーがテーブルに置かれる。


マキルマ「大臣殺されたな、」

タケツミ「ああ、TVでしか知らねぇけど、オレあの人好きだったけどな、愛国烈士って感じで、」

「でもあんなマスコミが張り付いてるとこで殺られるなんてよっぽどだな」


マキルマ「日本に主権を、なんて言ってカリスマ性がありゃ、煙たいだろうさ、」

タケツミ「はぁ、それに比べオレはカタギ相手のセコイ立ち退かせ屋、スケールが違うな」

マキルマ「悪に成りたくてこの世界に入ったのに?ってか?」

タケツミ「ああー、オレぁゴルゴ13みてぇな殺し屋になりたかったんだ、」
「でもそんな奴はいねぇって気付くべきだったな」

「ライフルでズドーン!なんかじゃねぇ、靴を脱いだ礼儀正しい数人が部屋に押しかけて遺書書かされて、キュってな」
首を締めるマネをして舌を出した。


マキルマ「100回聞いたよ」

二人とも笑顔だ


だがマキルマは急に真顔になり
「で、その立ち退きの件なんだがよ、」

タケツミは汗をかいている
「あ、ああ」

マキルマ「キョーダイんとこの盃やってねぇ街の半グレのチンピラにやらせてるんだって?」

「言わなくてもわかってるだろうけどよ、キョーダイ、、」

タケツミ「だ、大丈夫だって!」

「本家も本家だよ、うちにばっか汚れ仕事回してよ、うちの何人パクられたと思ってんだよ!」

マキルマは心配そうな、怒ってるような顔で黙っている。


安堂整体院


安堂弓は机にうつ伏せになって夢を見ていた。

夢
の中 整体の学校
学生時代の安堂

整体学校の先生「今日はお互いに矯正をし合います」

先生が矯正をする側になり、
安堂はベッドに寝ている。
半身になって上半身と下半身を別の方向に捻る、


整体学校の先生「安堂、お前、矯正は上手いんだが、される側になると、えらい力が入るな、」

安堂「あー、はい、身体を触るのは平気なんですけど、触られるのは苦手なんです」

「ま、いるね、この稼業、逆じゃなくてよかったな」先生はクールに言った。


さらに深く夢の中へ

古い小さなアパート


表札には「安堂」と書かれてある。

活発そうな20代後半の女性.、少し安堂に似ている
「弓〜」


安堂(6歳くらい)「お母さーん!」

母「じゃーん!今日はお給料日だから〜?」

安堂「まんがの日ー!!」

寝っころがり漫画を読む安堂弓
それを愛おしく見つめる母。


後日の新聞



「安堂香織さん(28)
暴行され殺害される。」

新聞を床に広げ、両手をつき
無表情でその記事を読む幼い弓

フラフラと歩き押入れをあけると
本がラッピングされている。



ビリビリと破り、手紙を読む弓。



弓
お誕生日おめでとう。
毎日さびしい思いさせてごめんね。
このマンガにはたいせつなことが
いっぱいかいてあるよ。

これからもふたりでたのしく
生きていこうね!
お母さんは弓のことが大好きです。

香織



ドラえもんの映画版の単行本が全部入った箱
「のび太の恐竜」と手紙を握りしめて弓は泣いた。


安堂は目が覚めていた。
机に頬がついている。
目は冷たく何も見ていないようだった。

喫茶 羊屋
シャッターを閉めて帰ろうとするつぐみ。
しばらく歩くと黒いワンボックスカーが停まっている。


嫌だな、という表情をしてよけて通り過ぎようとしたらドアが開きつぐみは車の中に押し込まれた。


4人組の若者が乗っていた。
つぐみの首にはナイフが当てられている。


つぐみはポケットの中でケータイのメールを打った。
弓宛に、24-63とだけ。


送信後、メールを消去しますか?
の文字がディスプレイに表示され
つぐみは消去を押した。
送ったのはワンボックスカーのナンバーだった。


朝


安堂整体院


「あら、つぐみさんからメール着てる」
24-63
「?」


TVをつけるとニュースが流れた。
羊屋つぐみさん(37)が遺体で発見されました。
羊屋さんは暴行を受けた上に殺害され河川敷で発見されました、警察では河川敷近くで目撃された黒いワンボックスカーの行方を、、

弓にはもう何も聞こえてないようだった。


椅子に姿勢正しく座る弓
目を閉じてなにかを考えているようだ。
カッ!
意を決したように目を開いた。

シルクロードで夜の街を走った。
ワンボックスカーを見かけてはナンバーを見た。

昼
日常
夜の街を走り、探す。
それを繰り返した。
数ヶ月、
ガードレールに腰掛け
ヘルメットを取り
空を見上げため息をついた。

黒いワンボックスカーが弓の前を通り過ぎた。

24-63

かああっ、全身の血が逆流したような顔になった。

アパートに停まるワンボックスカー


弓は若者が部屋に入るのを確認し、乗り込もうとすると


「先生?」という声がした。


マキルマだった。

ちらりと弓を見た後


「話、聞かせてもらえるか?」
とセルシオを指差した。


セルシオの中

マキルマ「ほう、なるほどね、何で警察に言わなかった?」

弓の目は完全にイッていた。



「警察はお母さんを殺した犯人を見つけてくれなかった」


マキルマ「お母さん?」

はっ、と弓は我に返った。


マキルマ「まあ、いい、先生の気持ちはわかった」
「このまま黙って帰りな、」


弓は「 できません」という顔でマキルマを見つめる。

ふ〜っとため息をつくマキルマ。

「先生、あんたは恩人だ、
あの忌々しい痛みから解放してくれた」

「俺は今までいろんな人間をみてきた」

「この世には2種類いるんだよ、
信用すべき人間とそうで無い人間」

「あんたは意思が強く、賢い、
そしてよけいなことは喋るような人間じゃない、」

「信用すべき人間として話させてもらう」


「あのチンピラたちは
今晩死ぬ」


弓はえっ??と驚いた。

「あんたの友達を殺したのはあいつらだが、それを指示した人間がいる」

「厳密に言うと指示したのはオレたちのような末端のヤクザだがね、それを飛び越して「おおもと」を揺すりに来やがった。

弓「おおもと?」


マキルマ「ああ、俺なんかじゃ直で会えねぇえらい人さ」

「まあ話せるのはここまでだ」

「兎にも角にもあのチンピラたちはこの世界から確実にいなくなる、新聞にも載ることはない。」

「先生、あんたはこんな世界に首を突っ込んじゃいけねぇ、友達 は気の毒だがこの世界は不条理だ、
それをくらう人間とくらわない人間はいるだろうがね」



取り壊される横丁

それを見つめる弓
隣には柴犬を連れた老人が嬉しそうに工事を眺めている。
ひとりごとのように弓に話かけてきた。

老人「はあ〜、佐々木先生のお陰でこの町も拓けますなぁ」


弓「佐々木先生?」

老人「あー、市議会議員の佐々木先生だよー、ここら辺の土地区画整理事業や商業施設を引っ張ってきたのはぜーんぶ佐々木先生だからねぇ」


ああ、俺なんかじゃ直で会えねぇえらい人さ、というマキルマの顔を思い出した。


海


テトラポットがある砂浜

釣り人の格好をしたタケツミ

「キョーダイ、すまねぇ、、」


マキルマ「まあ、いい潮時じゃねぇか、キョーダイはヤクザにゃ向かねぇよ」

「キョーダイの死体は適当に作っとくからよ、あのチンピラで体格が似たやつがいたろ?」
「それで本家も納得するさ」


「キョーダイ、、」
タケツミは涙目だ。

マキルマ「餞別だ」

小さな皮の鞄の中に札束がぎっしり詰まっていた。


その鞄を大事そうに抱えタケツミは歩いていった。


夜「佐々木」
と書かれた豪邸

ゴリリ!!
パーカーを着た女がスリーパーホールドのような形で初老の佐々木の首を捻っていた。

「かぁっは!」
呼吸が苦しいそうだ、
佐々木は身体が痺れ動けない。

その横で体育座りをしている女
弓だった。


回想〜

整体の学校での座学


先生「ここ、肋間筋、横隔膜に繋がる 4番目、拡張収縮、上下運動に司っているから、ここがズレると呼吸が苦しくなる、」

「こんなとこが外れたりしたら呼吸できないだろうね」



弓は時計だけを見つめていた。

「かっ!」
身体が痙攣して佐々木は死んだ。
ゴキキ!
脈を測り、もう一度首を捻る。
指で首をなぞり
「戻りました」と呟いた。



市議会議員 佐々木 博雄(69)
持病の心不全のため死亡。

海堂会


巻留間組


新聞を読むマキルマ
その新聞をばさっと投げ捨て

少し考えたような顔をして


「まさか、な、、」と言った。

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バックボーン ぞうむし @zomusi

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