第2部 1974年 第4章 運命の三人の女神
中3になって僕は、千葉葉子に恋をした。この恋心は、僕らのプログレ生活いや音楽生活に大きな影響を与えていくことになる。
それはさておき千葉葉子のことだ。
好きになるのは決まって目の大きな女性だ。千葉葉子の瞳は僕の2倍半くらいあった。好きになってしまったのは覗き見した時である。着替え中ではない。彼女は放課後の教室でフルートを吹いていた。
そのとき僕は、横森晋也を探していた。借りていたレコード、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』を返す(替わりにジェネシスの『月影の騎士』を返してもらう)ためだった。
横森は吹奏楽部の副部長でフルート奏者である。その日は珍しく練習が早めに終わると聞いていた。部室を訪ねるとどこかの教室でパート練習中だと言う。あのやわらかな木管楽器の音色を求めて夕暮れの人気のない廊下を巡り、階段を上がり下りした。そうしてここかなとドアの隙間からのぞいた時、初めて葉子を見たのだ。
この間3秒か30秒か、もしかして0.3秒かもしれない。しかし一目惚れするには十分な時間だった。彼女は一節を吹き終えると、楽器を口から離し、ほんの少しの間、僕を見た。その教室ではフルートの面々、4、5人がパート練習をしていた。横森の姿はなかった。僕は、あわてて引き戸をしめた。黒目がちの大きな瞳だった。最強のかわいさだった。
僕は、校舎と校舎を繋ぐ2階の渡り廊下へ出て興奮を鎮めた、というか興奮に浸った。興奮を満喫した。見下ろした中庭の藤棚の藤が、うす紫色に満開だった(この辺、気恥ずかしい、ふた昔前の青春小説風描写であるが確かに覚えているのだから仕方がない)。
しばらくして横森がやって来た。
「サンキュー、横森。ものすごくよかったで。特にA面の最後がな」
『チューブラー・ベルズ』は、英本国での評判通り、素晴らしいアルバムだった。
表裏で全1曲、組曲形式の40分の大作だ。一般には大ヒットしたオカルト映画「エクソシスト」のテーマ曲として知られることになる作品だが(日本公開はこの年の7月)、そのようなおどろおどろした印象はまったくなく、逆に、目を閉じて聴くとさまざまな景色が浮かんできて、ほのぼのと温かな気持ちになれるアルバムだった。
特に僕は、A面の終盤、ベースで奏でられ循環する副旋律の上を、10いくつかの楽器が次々と主旋律を奏でていって、最後にアルバムタイトルのチューブラーベル(西洋の棒状の鐘)が鳴り響くクライマックスには「やられた」と思った。
ふたつの旋律はそれ自体が魅力的な上、さらにその重なり合いが抜群の効果を生んでいた。それから、主旋律を奏でていく楽器の名前が、順番に「グランドピアノ」(~演奏)、続いて「パイプオルガン」(~演奏)「マンドリン」(~演奏)というふうに、英語のしぶ~い声で順番に告げられていく演出がまたまたかっこよくて、なんと素晴らしいアイデアなんだと感心したのだった。
「おう。あれだけの楽器をたったひとりで演奏してるのはすごいだろう」
このアルバムは、若干20歳の新鋭マイク・オールドフィールドが弦楽器、鍵盤楽器、打楽器までほぼ一人で演奏し録音したテープを、数千時間かけてダビングし作り上げた労作だった。
「英二、マルチプレイヤーってことばを知っとうか? マイク・オールドフィールドみたいに複数の楽器をこなす才人っちゅう意味なんだけど、俺はこいつの場合、その言葉も当てはまらんと思うんだわ。しいていえば“音楽家”というのが一番合っとるかもしれんなあ」
横森がロックファンになったのは、いかにも吹奏楽部員らしく、シカゴ、チェイス、BS&Tというアメリカのブラスロックがきっかけだったそうだが、やがてウエストコーストを経てイギリスのハードロックへ、そうして最期にプログレにたどりついたという。『チューブラー・ベルズ』も、雑誌でイギリスでの評価と大ヒット(ヴァージンレーベルの最初の作品であり、草創期の会社の屋台骨を支えることになる)を知り、国内盤の発売を待てず輸入版を通信販売で入手したほどで、関心のあるものに迫るためには労を惜しまない、マニアックな一面があった。
横森が詳しいのはロックだけではない。歌謡曲やフォークにも精通していた。クラシックも聴くし、もちろんフルートを吹きピアノを弾いて、譜面が読める。親しくなってまだ間は浅いが、僕は雅之とは違った意味で彼を尊敬していた。僕にとって横森こそが身近な「マルチプレイヤー」いや「音楽家」であった。そういえば、色白で細面、ちょっと気弱そうな顔立ちもなんだかマイク・オールドフィールドその人に似ていた。
「おまえの『月影の騎士』も良かったぞ」
別に僕が作ったわけではないが、面目が立ってうれしい瞬間である。
「1曲目の歌い出しで、もう、まいったわや」
そうだろう、そうだろう。四天王のどのボーカリストとも異なるピーター・ガブリエルの変幻自在の歌い回しに僕も完全にノックアウトされたのだ。
「こいつらの曲はなんちゅうても、きれいだわ」
さすが横森、的をついている。アルバムの最後の曲の終盤に1曲目のフレーズが何気なく出てくるところなど、プログレらしいトータルアルバム的な一面もあるにはあるが、テーマを押し付けてくる感じがまったくなく、聴いていて気持ちいい、美しい演奏なのである。
「A面の3曲目だったかなあ。フルートにギターの、泣けるフレーズのやつ」
「「ファース・オブ・フィフス」じゃ!」
「そげそげ! どーだけ泣けーか!」普段大人しい横森が珍しくパンと手をたたいた。
「フルートといえば、横森。副部長は責任重大だなあ」
僕は部活に話題を振った。もちろん、さっき見たフルート少女のことが頭にあった。
だが、その言葉自体にうそはない。うちのブラスバンドは、毎年のように全国大会に出場している名門中の名門なのだ。そして実は、地元の小中高校は軒並み、吹奏楽や合唱のコンクールで好成績をあげていた。山陰の片田舎のくせに、とてもアマチュア音楽の盛んな土地柄なのである。
その中でも特に本山一中は別格だった。毎年毎年、部の目標はただひとつ「日本一」であって、2位や3位でも「がっかり」という感じなのだ。高校野球で言えば、かつてのPL学園の全盛期がずーっと続いているようだといえばわかってもらえるだろうか。当然、本町中ブラスバンドの猛練習ぶりは内外に知られていたが、僕のような部外者は少しばかりの誇らしさを覚えながらも、実際はただ遠巻きに眺めているだけだった。目の前にいる横森はそんな名門のナンバー2なのである。
「いやあ、それほどでもないで。うちは部長の下はみんな平(ひら)といっしょだけんなあ。まあ、雑用係だわや」
横森はまるで東宝のサラリーマン映画に出てくる気の弱い課長のような言い方をした。
ブラスの部長は柴田吾郎という、熱いリーダーシップで知られる熱血漢。あだ名はテレビアニメから取った「爆発吾郎」であった。
「“爆発”は噂どおり怖いのか?」
「そげんことはないで。それよりお前、4組の青山を知っとうか?」
「ああ、あの坊ちゃんか」青山は、地元に唯ひとつある百貨店のオーナー一族の息子で、この町では金持ちで通っていた。
「今度の日曜日、あいつんちでコンサートがあーけど、お前聴きに来んか」
「誰が出るんだ? プロでも来るのか?」
「まさか。出るのは青山だ。俺もな」
青山はフォークのバンドを作っており、横森はピアノを弾くという。
「ふーん。青山はともかくおまえが出るなら見に行くけん」
「助かった。やつから動員を頼まれとってな。ブラスの連中だけだとかっこがつかんけん」
僕は、さっき見たフルート少女のことが気になった。しかし、どうしても、彼女の名前も、日曜日に来るか来ないかも聞き出す勇気がなかった。
日曜日は5月らしい快晴だった。僕は雅之、剛、湯原を誘い、新品のベルボトムのジーンズに同じくおろしたてのデニムのシャツを着て青山の家へ向かった。あのフルート少女は絶対に現れるような気がしていた。
青山の家は、駅前の大通りから一本入った住宅街にある。狭い町なので同級生の家の半ばはどのあたりか見当がつくが、塀を巡らせた有数のお屋敷だから、そこが青山の家であることは誰でも知っている。しかし、お寺のような門をくぐって中に入るのは初めてだった。これくらいの豪邸でないと自宅の離れでコンサートは開けまい。
コンサートは午後2時からと聞いていたが、僕らは1時間近く前に着いてしまった。どこかバカにしていたフォークとはいえ、友人が開く初めてのコンサートというのでこっちも興奮していたのだろう。僕らは庭づたいに奥へ向かった。
歌声が聞こえてきた。
〈戦争が終わって僕らは生まれた 戦争を知らずに僕らは育った〉
2、3年前に流行った、ジローズという二人組の大ヒット曲である。やがて窓越しにピアノに向かう横森、そして青山ともう一人の大男がギターを弾きながら歌って、いや叫んでいるのが見えてきた
野球部の川上だった。坊主頭、顔、Tシャツから覗く胸、腕、指先まで、皮膚という皮膚がすべて真っ黒に日焼けしている。
〈大人になって歩き始める 平和の歌を口ずさみながら
僕らの名前を覚えてほしい 戦争を知らない子ど~もた~ち~さ~〉
ジャガジャガジャガジャガジャガジャーンと、思い切りストロークをきかせて演奏は終わった。
「おう、よく来てくれたな。今、リハーサルが終わったところだけん」
ピアノの蓋を下ろしながら横森が言った。青山も近づいてきた。
「客は多い方がいいと思って連れてきたけん」
顔見知りといえば顔見知りなのだが、一応僕は3人を紹介した。
「にぎやかなのは大歓迎だわや。コーラでも飲まんか」青山は、コカコーラのビンの栓を手早く抜きながら言った。一番飲みたいのは自分だろう。あれだけ大声を出せばのども渇くはずだ。
「川上がフォークをやるとは思わんかったぞ。野球部のおまえがなあ」雅之がひやかす。
ロック派の我々はフォークに対し、女々しくて軟派というイメージを持っていた。
「野球とフォークは合わんかのう」そこにいる誰より短く刈り上げた坊主頭をかきながら川上は照れた。
それから僕らは、離れの客間に上がるとイスを並べたり延長コードをつないだりしてコンサートの準備を手伝った。PAといえるようなものはなく、ボーカルのマイクだけをステレオのアンプにつなげる仕組みだった。マイクスタンドは2本あったが、テレビで漫才師が使うようなまっすぐなやつだった。ゆえにギターとピアノは生音となる。
開演の10分ほど前、フルート少女が現れた。吹奏楽部の仲間らしき女友だち2人と一緒だった。この前とちがって長い髪は三つ編みにし、白地に赤と青の雪の結晶のような模様が入ったセーターにグレーのスカートという、いかにも清楚なかっこうだった。
大きな瞳と白い肌が特徴的な横顔を見ながら誰かに似ていると思った。だが、どんなアイドルも女優も当てはまらない。そのとき、ピンときたのが「乾物屋の紀ちゃん」だった。去年、6年がかりの長い長い連載が終わった「あしたのジョー」で矢吹丈に振られた(いや正確には丈が振られたのだ)、けなげで純情な下町の娘・林紀子。一度そう思うと本当にそう見えてしまうから不思議である。
そんなことを考えているうちに、いつのまにか30人ほどの客が集まっていた。悔しいことに8割がたが女子である。町一番の坊ちゃん青山と、4番サード川上、ブラスバンド副部長の横森という、いわば本町中学のスターを集めた豪華トリオの威力を見せつけられた思いである。座りきれないのでうしろは立ち見だ。僕ら4人は、関係者のような顔をして「ステージ」横に立った。演奏する3人はさておき、紀ちゃん似のフルート少女の顔がばっちりの位置を僕は確保した。
コンサートは吉田拓郎の「結婚しようよ」で始まった。
〈僕の髪が肩まで伸びて 君と同じになったら
約束通り 町の教会で結婚しよう hhhhh〉
野球部の川上はもちろん歌っている青山も横森も男子の観客も、ともかくここにいる十数名の少年たちはすべてが坊主あたまである。まるでマンガだが、来年高校に入ったら、肩までかどうかは別にしてもようやく髪を伸ばすことができる。男子は皆そんなことを考えながらこの曲を聴いていたはずだ。
1曲目から手拍子が出た。拓郎の名を一躍有名にした大ヒットナンバーだけに皆のノリもいい。続いては青山の明らかに拓郎もどきのトークだ。
「えー、今日は僕たちの最初のコンサートに遠路はるばるおいでくださいまして、えー、ありがとうございます。あ、みんな徒歩20分圏内か。えー、それはさておき、本当はもう少し上手に歌えるはずなんですが、えー、本番前に川上がコーラばかり飲ますので、どうものっけから曲の途中でゲップが出そうになって困ってしまいまして。野球部の練習では水も自由に飲めんからって、人の家のコーラをがんがん飲みやがって。こーら、川上!」
信じたくないことだがこんなくだらないだじゃれが大受けである。乾物屋の紀ちゃんも大笑いしている。
曲目は続いて「夏休み」「ある雨の日の情景」と同じく拓郎の落ち着いたナンバー(明らかにライブアルバム『“ともだち”』のまるコピーだ)。その合間には「風」「あの素晴らしい愛をもう一度」と誰もが知るフォークの名曲で盛り上げる構成。スローな曲の時、リードボーカルの青山をじっと見つめる紀ちゃんの視線がまたまた気になってしまう。
僕は複雑な思いで3人の演奏を聴いていた。
吉田拓郎や数あるフォークの名曲を知らないわけではない。僕は、初めて接する生のフォークソングにしだいに心を動かされていたのである。ベタな選曲。歌もギターもたいしてうまくない。どうってことのないフォークソングのオンパレードのはずだった。しかし、生の音楽の力、言葉の力に打たれていたのだ。でも同時に、3人の演奏を素直に楽しめない自分がいて、僕はその狭間で自己嫌悪に陥っていた。
横森のピアノが活躍する赤い鳥の「翼をください」をはさんで、ラストは拓郎の「旅の宿」「春だったね」のメドレーで締めくくった。
「えー、こういうときはアンコール、アンコールっちゅうやつが…」と青山が言うか言わないうちに全員が叫んでいた。
ここで彼らが用意していたのがさっきの「戦争を知らない子供たち」であった。みんなで大合唱となる。
紀ちゃんも手拍子しながらじっと前を見て歌っていた。僕も歌った。日本が戦争に負けてから30年近くたっていたが(いや30年しかたっていなかったのか)、「戦争を知らない子供たち」が、まだ“懐かしのメロディ”ではない時代だった。こういう歌詞の歌を15歳の少年少女が本気で歌える、そういう時代であったのだろう。
僕らはまっすぐ帰る気になれず、結局、雅之の家に向かった。玄関の前まで来て、湯原だけは「じゃあな」と苦笑いして去った。夕食までにはまだ時間があった。その日はプログレを聴く気分ではなかったが、といってほかのレコードをかける気にもなれず、出されたカルピスを僕らは黙って飲んだ。僕は、さっきの湯原の苦笑の意味を考えていた。
「青山があんなにフォーク好きとはびっくりしたな。でもギターはまだまだだわ。アルペジオもやっとったがまだまだ人さまに聞かすレベルではない」
兄がギターを弾くので、雅之はテクニックのことが少しはわかると見え嫌味に解説した。
「それにしても直球のフォークだったのう。シューベルツまで出てくるとは思わんかった。たしかに「風」は名曲だけど」僕も話を合わせた。
「そうそう、剛速球ど真ん中のフォークの世界。さすがは野球部だ」
「バンド名もなかなか」
「サンボーズ。坊主頭が3人だけん」
「どげなセンスしとるのか」
「……ところでのう、今日来とった女子はみんなわかったか?」
僕はそろそろ実のある話がしたかった。
「ブラスの部員だと思うけど、見かけん子がいただろう」
「おまえ、惚れたな」
これだけでわかるのか雅之。
「男らしくはっきり言え、はっきり」
黙っていた剛が口を開いた。サッカー部の新キャプテン、剛の命令にはつい従いたくなる。
「いやあ、そのなあ。惚れたっちゅうことじゃないけど」
「まあ、いいわ。教えてやる。千葉葉子のことだろ。千葉県の千葉、続けておんなじ字、葉っぱの葉で葉子じゃ。今日は白いセーター着とった」雅之は言った。
(そういえば紀ちゃんもいつも白いセーター姿だった……)
千葉葉子は(この苗字の下によくぞ付けたものだ)この春、県庁所在地の町から雅之のクラスにやってきたばかりの転校生であった。悔しいが、剛も同じ組である。あんなきれいな子が転校してきたなんて一言も聞いてないぞ。いつもプログレやロックの話ばかりしているから仕方ないが。
「そうか葉子っちゅうのか。そりゃ紀子っちゅうことはないよなあ。そうか葉子か。……ん? 葉っぱの葉子? ははははは」僕は急におかしくなって笑った。
「?」
「あしたのジョーだわ、あしたのジョー」もう、こいつらには正直に全部話そうと決めた。
僕は、数日前の放課後、学校で横森を捜す途中、千葉葉子にひと目惚れしてしまったことを打ち明けた。それと彼女の横顔が「あしたのジョー」に出てくる「乾物屋の紀ちゃん」こと「林紀子」に似とるんじゃないか、とも。矢吹丈をめぐる紀ちゃんの恋敵である財閥令嬢が「白木葉子」だから、僕は思わず大笑いしたのだ。
「そうかそうか。なるほどなあ。まあ紀ちゃんに似ちょると言えんこともないのう」
二人はすぐに頷いてくれた。「あしたのジョー」の話が通じないやつはもぐりの男子中学生といっていい時代だ(この「もぐり」ももはや死語だ。いや「死語」も死語か)。
「だけどな、英二。紀ちゃんと白木葉子はほとんど同じ顔だわ」と雅之。
「そげだ。三つ編みかショートヘアかのちがいだけだ」意外にも剛が細かく解説した。こいつの口から三つ編みという言葉が出てくるとは。
「…そげすると千葉葉子は、白木葉子似ともいえるなあ。英二わかったぞ! 千葉葉子の親父は「あしたのジョー」から娘の名前を決めたんじゃ」雅之のボケのあまりのあほらしさに今度は3人で爆笑した。
「葉子は青山が好きかもしれん」雅之が言った。
「コンサートの時、そげん思わんかったか」
僕は、心臓をぎゅっと握られた気がした。確かにステージを見つめる葉子の視線には熱いものがあったように思われる。
「バンドやらんか」剛が言った。
「………」
「青山はたれ目だし足も短い。成績も運動もたいしたことはない。おまえら似たようなレベルだ。だけどやつは金持ちで、バンドをやっとる」
「………」
「俺はやつがバンドをやっとることは大きいと思う」剛は念を押すように言った。
「おう。やろう、やろう。俺もきっとこんな日が来ると思っとった」今度は雅之が言った。
「去年からみんなでプログレにはまって、おまえらとたくさんたくさんロックのアルバムを聴いてきたよなあ」
雅之は今まで見せたことのないような顔をしていた。
「それでここんところ考えとった。自分で演奏してみんとロックの本当の良さはわからんのじゃないか。………好きなものの本当の価値を知るためには必ずそれを実体験する必要があるとは言わんけど、少なくとも経験がまったくないより、もっと深いところで理解できるんじゃないかのう」
いかにもプログレ的な理屈っぽい言い方である。
「俺もそげ思う。俺はサッカーが大好きだ。だけん人のサッカーの試合も見ることは見るけど、自分でやる方が断然おもしろい。問題にならん」
「そげだ。なあ、英二。俺らが好きなものは何だ? プログレだろ。ロックだろ。だから、俺らが大好きなプログレとは何なのか、なんであんなにかっこいいのか。それを知るために俺たちもやってみよう。それでいつかは俺たちのプログレを作ろう!」
「………」
「英二、お前は葉子を青山に取られてもいいかや?」剛がにらんだ。
返事の代わりに僕は一度頷いた。
青春原子心母 黒須英二 @kyojim
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