第65話 お守り

バッテリーが空になると、1晩充電してもフル充電にならないウォークマンだが、これは日常生活を円滑に送る上で、どうしても必要なものになっている。

他にも、外出時に手放せないのは不安を取り除く、という効果のある薬。

「弱いの出しておくから気軽に飲んでいいよ。」と言われているので、外出するときは頓服していたが、暫く前からは歩くだけの外出なら薬はなくても何とかなるようになった。

それから、豆腐の縫いぐるみ。

これは、第48話で出てきた縫いぐるみと同じだが、手のひらサイズのものになる。

(玄関に並んでいるのは縦横約10cm高さ約8cmの大きさだ)


豆腐は、電車に乗っているとき、外出時に何か怖いことがあったとき、むぎゅっと握られる。

握られれば変形してしまうのだが、形を整えてやれば戻るので、お守りとして連れて歩いている。


豆腐はいつも、にこにこしている。

むぎゅっと握られても、にこにこしている。

その笑顔と手触りが、完全ではなくても、感じた不安を多少なりとも和らげてくれるのだ。


今日も、用事があって電車に乗った。

前回(第52話)より長距離だった。

それでも途中下車は1回、吐いたのは往路だけで済んだ。

(帰路はもはや完全に徒歩圏内になっている駅で降りて、4キロ歩いた)


電車内では、豆腐がむぎゅっとされていた。

むぎゅっとされながら、豆腐はにこにこ笑っていた。

帰ってきてから、形を整えた。

やっぱりにこにこしていた。


豆腐には申し訳ないが、今、豆腐は俺にむぎゅっとされるのが仕事なのだ。

そして俺の仕事は、1日でも早く、治すことだ。


ウォークマンと薬と豆腐。

どれか1つでも欠けたら、電車になんて乗れない。

そんな、大事なお守りなのだ。

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