ボヘミアン 『西へ東へ』

 かつて、ベルリンの旧東側に暮らしていた時期がある。その社会の規範に囚われない自由で放浪的な空気に恋をした。ある人が、このベルリンの気風を『ボヘミアン』と呼ぶのだと教えてくれた。


 それから数か国への滞在を挟み、再び縁あってドイツに戻ってきた私は、バイエルン州フランケン地方のとある城下町に暮らすことになった。この町を一言で表すなら『コンサバ』である。文字通り非常に保守的な土地だった。壮麗な世界遺産に囲まれ、美味しい白ワインで有名な誇り高き町であったが、ボヘミアンなベルリンが気に入っていた私にはよそよそしく相容れない町であった。

 城の生垣は美しく、庭園も道端の緑も徹底的に管理されている。定規で測ったかのごとく均等に植えられた花、窓辺は美しく飾られ、町は清潔で美しい。オレンジ色の繋ぎを着た清掃員がいつもせっせと美化活動に精を出していた。私は食傷気味だった。皆似たようなコンサバな格好をして気位が高そうに見えた。たまに見かけるエッジの効いたお洒落さんは例外なく観光客だった。ジョギングをしていると、散歩中の老人がわざわざ振り返ってまで私を凝視する。アジア人だって走るわい。そんなコンサバな町だった。


 そして満を持して、旧東ドイツでは二番目に大きかった都市ライプツィヒへ越すことが決まった。自由で文化的な香りむんむんのライプツィヒに暮らせるのが嬉しくてたまらず、お隣の奥さんに引っ越しを告げる。

「ライプツィヒに引っ越すことになったんですよ」と満面の笑みを湛える私に対し、ああなんてこと、と表情を曇らせるお隣さん。なんでまたライプツィヒなの?あらご主人の仕事なのね、まあ、お気の毒……と、表情は完全にお悔やみを申し上げます風情だった。新たに誰かに引っ越しを告げる度に、この反応が返ってくる。天上天下唯我独尊のバイエルン、その中でも特に保守的なフランケン民にしてみれば、『東』に引っ越すというのは左遷か罪人島流しかくらいの心情らしい。お隣さんの名誉の為に言っておくが、私はいつも親切で素朴な彼女が好きだった。そう、だからこの町は一言で、コンサバ。コンサバとボヘミアンは残念ながら相容れない。


 少しくらい良いことも言っておこう。ここの名産フランケンワインは和食にもよく合う辛口で非常に美味しい白ワインである。今でも愛飲しているし、私はその頃ワイン関連の職を得たくらい惚れ込んでいた。

 ところで、ドイツ人はビールにワインと素晴らしい酒造りの技術を持っているのに、なぜ食事情はいろいろと残念なのだろう。ビールづくりへの情熱をほんの少しだけでいいから料理にも注げばいいのに。ちなみにドイツ料理を悪く言うと「イギリスよりはまし、アメリカよりはまし」と返ってくる。フランスやイタリアを引き合いに出すと、さっと白旗を上げるあたり、自分の国の料理がイマイチである自覚はあるようだ。


 話は変わるが、私はベルリンに暮らす少し前に、メキシコとの国境の町サンディエゴにいた。大学のキャンパスには、カリフォルニアの太陽に憧れたヨーロッパからの留学生が多く、中でもドイツ人学生が多かった。

 東側ドイツから来た留学生たちはあまり派手さがなく、自己主張もマイルドでシャイな面もあり非常に付き合いやすかったので、気付けば私はそのグループと行動を共にすることが多かった。それに対し西側ドイツ人グループは、積極的でディスカッションに強く、無言の自信を身に纏っているように見え、そのメンタリティの違いに少したじろぐこともあった。まさに私のイメージしていた質実剛健なドイツ人というのは、彼らに合致した。


 ある夜いつものように誰かの部屋でパーティがあり、皆安酒で程よく出来上がっていたら、急に、いつもは温厚なMが早口のドイツ語で何かを捲し立てた。彼の友人Sも顔を真っ赤にして怒っている。その視線の先には数人のドイツ人グループが居た。当時ドイツ語をまったく理解しなかった外野の私はぽかんとしていたが、暫くしてそれが東側ドイツ人と西側ドイツ人の対立であることを理解した。怒っている二人は旧東ドイツ出身だった。私は彼らとその部屋を後にした。


「あいつらは西の金持ちだから、東の俺たちを馬鹿にしている」と二人は立腹していたが、よく見ると怒っているというより寧ろ落ち込んでいる。

 どうやらジョークの一環だったと思われるが、共産主義者と呼ばれたことに腹を立てたらしい。その他にも、東独特の訛りをからかわれたり、東にはこんなものあるか?と聞かれることにストレスを溜めた経緯があったようだ。

 今なら解るのだが、ドイツ人のジョークは得てしてブラックなものであり、さらっとえげつないことを絡めるのでぎょっとすることがある。これは西側の方が年季が入っている、というのも東側は発言には慎重にならざるを得ない背景から、あまり毒を盛ったジョークというのに馴染みがなかったのだと後に聞いた。

 

 彼らは二人とも、ベルリンの大学に通いながら同時に銀行員として働いていた。ドイツの大学は無料かごく低額であるが、学業と仕事を両立しながら自分で生活費を捻出し、そんな中自分でようやく資金を貯めて念願のアメリカ留学を果たした。

 片や、西側の子女は、大学入学資格(アビトゥーア)を取得し、大学へ入るまでの間に、親から資金を出してもらい遊学する者が多数集まっていた。もちろん自分で捻出した資金でやり繰りする西側出身者がいたのも確かだし、自分で自分の面倒をみることを誇るべきだと思うのだが、彼らは少なからずそれに劣等感を持っているようだった。彼らの口からは頻繁に「西は、東は」という言葉が出た。


 二人は、胸にDDR(東ドイツ略称)と大きく印字されたTシャツをアメリカに持参していた。東ドイツ国旗の真ん中には麦とコンパスとハンマーがでんと居座っている、この上なく社会主義臭香るそのTシャツを着ていた彼らは出自に自信を持っていた。故郷、しかも今は失われし故郷への念はさぞや深いであろうと思った。ちなみにアメリカ人大学生が「おお、これソ連のTシャツじゃないか!共産主義!」と興奮していたのを、二人は白い顔と白い眼で見ていた。


 私の東ドイツについての知識は教科書をなぞる程度で、最終的に人々の不満が爆発して消滅した国となると、なんとなく社会主義時代の話はご法度な気がしていたが、質問を重ねる度に、嬉しそうにかつての祖国を語ってくれた。考えてみれば当然、今は無き自分の出身国に興味を持ってもらえるというのは嬉しいことに決まっている。結局彼らが話すのは自分の生い立ちや歴史なのだけれど、その中にちょこちょこ登場する東ドイツネタが面白くて、私はアメリカ西海岸に居ながら東ドイツの風景に思いを馳せた。


 二人の話にはやや悲観的な表現が多かった。これは彼ら個人の資質だったのかもしれないけれど、自虐的に笑いを取ろうという姿勢が強く、そして相手の反応と顔色をよく観察していた。決して自信満々ではないのだ。キャンパスに大勢いた日本人と彼らを含む旧東ドイツ出身者の馬が合ったのは、このややネガティブで自信のない所に重なるものがあったからだと思っている。

 ドイツ人はヨーロッパの中でもユーモアがない人種であると揶揄されがちだが、そんな中、東側ドイツ人が渾身のジョークを披露したところで、更にまったく交わらない独自のユーモアを持つ日本人はぽかんとするばかりという光景にもいつしか慣れていった。

 いかにもザ・ヨーロピアンな空気を読まない自信過剰とは少し離れたところにいる彼らへの親近感は募り、思わぬ流れから私はその後、冒頭にあるようにベルリンの旧東側に暮らすことになるのだが、実際に暮らしてみるとあまりの冬の厳しさに耐えかね、尻尾を丸めて南国に渡ったという裏話もある。しかし結局、惚れた弱みで戻ってきてしまう上に定住まですることになるのであるが。


 東側の彼らにしてみれば、今まで散々「足並み揃えて!我儘言わない!周りをよく見て!」と全体主義を強制されていたのが突然一転して、かつて禁止されていた自己主張を強要されるようになったのだからその戸惑いは大きかったであろう。赤子の頃から主張、主張で生き抜いてきたナチュラルボーン西側ドイツ人と肩を並べて戦うのは簡単なことではなかったはずだ。気後れすることも多かったに違いない。

 そして、壁が崩壊したのは彼らが15歳という多感な時期だった。自分たちの祖国が西側の経済援助によって復興しているという紛れもない事実を前に、なにか後ろめたい気持ちを持っているのは明確だった。

 

 私たちが同じ時間を過ごしたその年はワールドカップ開催年であった。決勝はブラジルVSドイツ。ドイツ人たちは全員が一堂に会し、東西云々すべてを超えて一丸となって応援していた。肩を組み、国歌を歌い、ビール片手に乾杯する彼らの姿が、10歳当時TVで観ていたベルリンの壁崩壊に涙を流して喜んでいた人々の姿に重なる。旧東ドイツ出身の二人は大はしゃぎで、この上なく幸せそうだった。決勝ではドイツ人たちの願い空しくブラジルが優勝を決めたが、夜遅くまで慰労パーティをしている音が私の寝室にも聞こえていた。ドーイチランド!(ドイツ)と高らかに唱和する声が聞こえて、なんだかじんとして幸せな気持ちで眠りについた。

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