ベルリンの壁、トーキョーの壁 『東西分割』

 共に、第二次世界大戦に敗れたドイツと日本。このドイツを、東ドイツと西ドイツに分け隔てた『東西分割』は、もしかすると、もしかしたら我が身に起こっていてもおかしくなかったリアリティがある。戦勝国の米・英・仏・ソ連が何をしでかすかわからない危険因子であるドイツを分割占領しておとなしくさせることを選んだのが現実だけれど、もし、なんらかの理由で日本が分割占領されていたとしたら?


 今となっては再統一からあと数年で30年になるドイツは、先の大戦での大敗、分割占領から二国への分離を経ても尚、不死鳥のごとく蘇りその力を誇示している有能っぷりであるからして、周辺国が脅威に感じるのも当然である。若い世代にしてみれば、ドイツが二つの異なる国に分かれていたことが俄かに信じられないほど、今では堂々とひとつの大国として存在しているし、いろいろと偉そうである。


「ねえねえ日本のことどう思う?」と外国人に聞いて回っては一喜一憂するこの国民性を活かし、ドイツ人に『第二次世界大戦の頃の日本の印象』を聞いてみようと思い立ったが、いかんせん誰もその頃の日本人と実際に関わった人物がいない。同盟国と言えど、日本とドイツが実際に共同戦線を張ったことは一度もないからである。

 ただ、それでも印象としては、日本という極東の果ての民族の死をも恐れない精神力はかなりの脅威であり、なにか薄気味悪いという印象だったようだとあちこちで聞いた。『カミカゼ』という言葉を知らないヨーロッパ人が存在しないほど、そのある種異なるメンタリティーと小さな体で狡猾に攻め込む日本人は得体のしれない不安感を誘ったという表記もある。

「鎖国してるんでうちには来ないでくださいね」ぴしゃり、と国を閉じていたかと思えば、見事なまでにパッと西洋化の波に乗り、小さい島国かと思いきや、眠れる獅子と列強が恐れた中国をいつのまにやら手中にし、それこそカミカゼ吹いて大国ロシアまでを打ちのめした、まさに得体のしれない小さな人々である。


 それでは、もし戦勝国連合が、そんな謎めいた日本をついでに分割統治していたら……という視点でもって、東西ドイツの成り立ちとベルリンの壁の歴史をおさらいしようと思う。そんなまわりくどいことしなくても知ってるよ、そもそも一般常識でしょ!とおかんむりの方はつづがなく次の章へどうぞ。カトリンが手ぐすね引いて待っているはず。ベルリンの壁って知っているけれど、そういえば詳しいことは知らないの、という方のために説明する次第。文中の西日本が西ドイツ、東日本は東ドイツとしてご理解頂きたい。



 第二次世界大戦に敗れた日本が、戦勝国連合によって天下分け目の関ヶ原を境に『西日本』と『東日本』に分割占領された。西日本のバックにはアメリカ合衆国及び西側諸国が控え、東日本にはソ連が控えた。これがいわゆる『冷戦構造』である。戦火は交えずとも、米ソ両国間はバチバチ火花を散らした状態であった。

 アメリカの資本主義に倣った西日本側は戦後復興でどんどん豊かになり、社会主義礼賛のソ連式計画経済がうまく立ち行かなかった東日本側に暮らす人々は貧しく不満であった。いつしか分割占領は相容れないイデオロギーから対立を生み、結果、日本国内に『西日本』と『東日本』という主義を異にした二つの国ができあがり国家分断となった。


 そして、地理的には『東日本』の中にあるが、重要な首都機能を集中して持つ東京23区は更に分割占領され、小さな東京23区の中に西東京(西日本)と東東京(東日本)が存在するという異常事態になる。西東京というのは東日本の中にある飛び地で小さな陸の孤島であったが物資は西日本から潤沢に届くので、特殊な立ち位置にあった。そして、西東京と東東京間は自由に移動が可能であった。


 そんな状況から、不公平だ!と東日本から西日本へ、荷物を纏めて亡命する者が後を絶たなかった。彼らは一番手軽に行き来ができたこの『東西東京間』を使い、平均して毎日2000人程度の東日本人が西東京を経由して西日本へとぞろぞろと逃げて行った。最終的にその数は約200万人にものぼったという。しかも悪いことに、東日本に見切りをつけたのは知識層の若い男性が多く、ただでさえ先の大戦で若い男性を失っている上に、更なる人口流出となると国家崩壊の危機である。それを憂いだ東日本政府は暴挙に出る。

 これ以上の労働者流出を防ぐため、突然一夜にして東西東京に壁が張り巡らされたのだ。なんのアナウンスもなく秘密裏に行われ、最初は有刺鉄線による国境封鎖、そして数日後から壁の建設が始まった。


 東京都豊島区に暮らす若い男性がいたとしよう。彼は両親と妹と暮らしていた。首都分割占領により豊島区は東東京(東日本)となり、すぐ隣に位置しているものの西東京(西日本)となった新宿の職場には国境を越えて通勤していた。

 しかし東日本政府が一夜にして『トーキョーの壁』の前身を築き、朝起きたら突然、西東京との行き来が禁止となり職を失う。すぐそこの新宿に暮らすガールフレンドと連絡を取ることさえできない。そして西日本の大阪出身である母方の祖父母を訪ねることもできなくなってしまった。

 そしてたまたまその夜、西東京の渋谷でオールしていた妹は、東東京にある池袋の実家に永遠に帰れなくなってしまい家族は離れ離れに……というお話。

こんなことがドイツでは実際に起こったのである。


 こういった背景から、後に様々な方法を駆使して壁を越えようとする者が出ることになる。壁の向こうに置き去りになった家族、友達、恋人を求めて。そして自由を求めて。

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