蕗の青煮
中原塁
蕗の青煮
八百屋の店頭に「蕗」が並ぶ季節になった。
塩を振って板ずりをし、色好く茹でて冷水に取り、筋を取る。それをだし汁に漬け込んだ「蕗の青煮」が好きだ。噛むとシャキッとし、口の中一杯に、程良い苦みと春の香りが広がっていく。
昆布とシイタケと一緒に煮込んだ「佃煮」も好きだ。白い御飯の上に乗せ、熱々のお茶を注ぐ。間違いなく、もう一杯はいける。都会で見掛けるものは種類が違うのか、記憶の中のそれに比べ、随分と茎が太く、背丈もやけに長いものばかりである。
「細すぎるのは味わいに欠けるし、かといって、あまり太すぎるものは筋っぽくて駄目」母の言葉を思い出す。
子供の頃、春になると、決まって私は母に手を引かれ、裏山に蕗採りに出掛けたものだった。
遠い記憶の中の弁当はエンドウ御飯だ。
アルミの弁当箱に詰め込んだエンドウ御飯を、私と母は沢沿いの岩に腰掛けて食べている。又、蕗を採る手を休め、母と草むらに寝転び、ひばりのさえずりに耳を傾け、目を閉じている。
あれは中学一年、春の夕暮れの出来事だった。
風呂敷包み一杯の蕗を抱え、レンゲ畑の畦道、私は母と手をつなぎ歩いていた。偶然、同級生の女の子と出会した。私は恥ずかしさに、思わず繋いでいた母の手を乱暴に振り払った。
瞬間、母の手にあった風呂敷包みの結び目がほどけ、レンゲ畑一面に蕗がばらけ落ちた。
燃えるような紅の中、淡い緑が溶けていた。
母の手は蕗の灰汁で真っ黒で、青臭い春の匂いが私の胸にしみた。
「蕗の青煮」が好きだ。ほろ苦さが好きだ。
蕗の青煮 中原塁 @yancha
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