勇者ゲーム

綿鳴

第1話.殴って参上

宵闇の中クラクションがけたたましい鳴き声を上げる公道から、少し離れた路地裏で早見はやみ リョウは黒いフード付きのジャージを来てゆっくりと歩いていた。


冷たい夜風が身に染み、リョウは思わず身震いをする。


なにか買い物をしたわけでも、ランニングをしに来たわけでも無いリョウが寒い思いをしてまで人通りの少ない路地裏を歩く理由。それは常人は考えることのないであろう理由であった。


「おい」


リョウの背後から野太い声がかけられる。

リョウはピクリともせずに、ただただゆっくりと声の方に体を向けた。


普通の人ならば、どこであれいきなり声をかけられれば驚きや、リアクションがあるはずだ。


しかし、リョウは予想していたかのように少しの驚きも見せなかった。


いや、実際にリョウは予想していたのだ。というより、これを目当てでこの時間帯に路地裏へと足を運んだのだ。


「ちょっと、オニーサン止まってくんね?」


そう言いながらリョウに近づいてきたのは、一目でわかるような男3人組だった。


金銭目的かなにかだろう、3人組の男達からは悪意の表情しか見られない。


立ち尽くすリョウの肩に一人の男が手をかける。


「ねぇ、俺た・・・・」


男は口を開いて何かを言おうとしたのだが、それは叶わずに終わってしまった。


メキョ


鈍い音と共に男の顔面にリョウの拳が突き刺さる。


「ごふっ!?」


男は不意打ちの打撃の威力に押し負け、後ろに大きく仰け反った後、派手に転倒した。


「えっ、・・・・・・」

あまりにも急な展開に残った2人の男は呆然と立ち尽くしたまま、目をパチパチと開閉している。


しかし、リョウの攻撃はそんな2人にお構い無しに続く。


「ボーッとしてんじゃねえ、よ!!」

リョウがスキンヘッドの男の顔面に後ろ回し蹴りを叩き込み、相手を昏倒させた。


リョウはこの瞬間、とても喜々とした表情を浮かべていた。



思えば彼がこのような行動をとるようになったのはそう遠い話ではない。


最近まで、リョウは普通の高校生だった。

成績は中の上程度で、顔つきは目を直せばそれなりに格好いい(自分曰く)。


友達もそこそこにいて、カースト上位では無いものも、それなりに良い高校生活を送っていた。


そんなある日、ちょっとした事で帰宅が遅くなったリョウは普段は通らない、近所では不良のたまり場として有名な路地裏を通ってしまった。


そして案の定リョウは1人の不良に絡まれてしまった。

何発か殴られた後、リョウは金を要求された。


それを拒むと、不良はナイフを出し、脅しの具合を強めてきた。


その瞬間、リョウの中の防衛本能が働いた。


リョウは無我夢中で抵抗し、気づいた時には相手を殴り倒していた。


このとき、リョウはとてつもない快感を覚えた。

人を暴力で倒す。

そんな、普段経験しないような事に。


それからというもの、リョウは帰宅部で有り余った時間を、筋トレと格闘技の研究に費やした。


そして夜な夜な件の路地裏に繰り出しては、不良達との喧嘩を繰り返していた。


リョウ自身もこの行為が正義心などから来たものではなく、ただ自分の楽しみとして行っている事を重々承知していた。


しかし、自分が今まで過ごしていた薄い時間が、充実したものへと変わるのならばそれさえも自分の中で正当化していたのだ。


「喰らえや!!」

リョウは最後の1人の顎に爪先蹴りを決める。

怪我の度合いから考えると、とてつもなく危険な技で、簡単に人に振るうものではない。


男は「うっ」と短い呻きを上げ、膝を崩した。


そして、両膝でその場に立つ男にリョウは拳を振り上げ、一気に振り下ろした。


○○○


バキッ


リョウは拳に伝わる殴った感触を、確かに感じた。


「ぐべほらっぶ!!」


素っ頓狂な悲鳴を聞き、勝利を確信するリョウは、瞑っていた目を誇らしげにゆっくりと開けた。


そこには、コンクリートに力なく倒れる3人の男の姿があった。

と、いうのが彼の想像していた結果だった。


しかし、結果は違った。


「王うううううぅ!!!」


リョウの眼前にあったのは、鉄色の鎧甲冑に身を包んだ男達が1人の男の周りで慌てふためく景色だった。


「貴様は何をしている!!」


状況に脳内処理が追いつかないリョウの喉元に、眩い光を放つ剣が突きつけられる。


「え・・・・・・?」


剣を突きつける女から放たれる肌をも切り裂きそうなオーラに、リョウは無意識に両手を上げる。


今にもリョウの首と体が永遠にお別れを告げそうな状況に、救いの手が差し伸べられる。


「ゆ、許してやれ、ハンナ・・・その人に非は、な、い・・・・・・」


今にも死にそうな状態でピクピクとしている、王らしき人物が女騎士を制止する。


「くっ、・・・・・・」


女騎士もといハンナは悔しげな表情を浮かべながら、剣をさやに収めた。


ほっと、リョウが安堵したのもつかの間、今度はガタイの良すぎる兵士が現れ、リョウの襟首を掴んだ。


「え? え?」


兵士は 戸惑うリョウを気にもせず、まるで物か何かのようにリョウをいくつかの荷物と一緒に外へと放り出した。


○○○


「一体何なんだよ・・・」


自分が出てきた王城へと続く階段にリョウは腰を下ろしていた。


かれこれこの体勢で30分は経つだろう。


その30分の間に、リョウの脳内は徐々に処理されていた。


まずわかったのは、これは夢か何かではないということ。

夢などの類であればこんなにはっきりとした思考を持つことは出来ないだろう。


そして、ここが自分のもといた世界では無い、という事だ。


先程からリョウの周りを通っていく者達はファンタジーそのものといった容姿、服装をしている。


つまり、俺は転生したってことか?

どこかのサブカルチャーものみたいに?

そして、いきなり王様を殴ってしまったってことか?


んー、と唸り声を上げながら頭を抱えるリョウ。

これを30分繰り返す変な男に対する周りの目がだいぶ冷ややかなものに変わってきたのに気づいたリョウはスクリと立ち上がり、一旦その場を離れて歩き始めた。


歩きながらリョウは自分に投げつけられた鞄の中を漁ってみた。


もともとリョウは非常時や異常時への対応力が優れており、何事も受け入れることが出来る。


自身の親が事故で死んだ時も、すぐに受け入れた。

まあ、それが仇となって周りから非難を受けたこともあったのだが。


カバンの中には1冊の簡素な作りの本と、地図、そして硬貨のようなものが入った小袋が入っていた。


リョウはまず地図を取り出し、現在地を確認することにした。


すると地図には、大きなで『まずここを目指す!! 』と書いてあった。


日本語ってことはやっぱりここは日本なのか?


いや、そんなわけはない。あれの記憶が正しければ日本には耳をはやした人間は二次の世界にしかいなかったはずだ。


横は通り過ぎていく猫耳の少女を凝視するリョウ。その目つきはまるで犯罪者のようだった。


「じゃあ、目指してみるか・・・」


リョウはそうつぶやくと、不安を忘れるかのように天に広がる青空を仰いだ。





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勇者ゲーム 綿鳴 @watanari0103

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