第15話 掴みきれなかった何かに向かって
気がつけば部屋の中は薄暗くなっていた。石油ストーブが照らす赤黒い光がぼんやりと浮かび上がっている。僕はずっと考えていたのだ。電気も点けずに電話をかけた。
「――あら、青山くん。どうしたの?」
「社長、ぼく決めました」
「じゃあ、うちへ来てくれるのん?」
「すみません。田舎へ帰って働きます」
「えっ、帰っちゃうの?」
「はい、親父が病気なもので、手紙で知らせてきたんです」
「そう……。だったら仕方ないわね。でも、結果待ちのがあったんでしょう」
「ええ。でも、もういいんです。社長には色々お世話になってばかりで、ありがとうございました。電話ですみません」
「そんなことはいいのよ。で、いつ帰るの?」
「今すぐにでも帰ろうと思うのですが……」
「あら、また急なのねぇ」
「だからチーフに挨拶できないのが……」
「私からちゃんと伝えておくわよ。だから心配しないで」
「じゃ、失礼します!」
僕は、とりあえず旅費だけ持って部屋を飛び出した。そのとき蹴飛ばしたチラシの束から見覚えのある会社のロゴ入り封筒が顔を出したのだが、僕にはそれを拾い上げる時間のゆとりもなく、いや、もうすでに結果を知りたいという思いすらなかった。
夕暮れにちらほらと舞う、降りだした雪の中を僕は早足で歩いた。仕事に対する無知と偏見と認識の甘さ、そこから生じた意固地ともとれる妄想。現在、世の中がどう狂っているのか、麻痺しているのか、はっきりと掴んだわけではないが、すっきりと割り切れた部分があった。必要とされる何かがあれば、それに精一杯応えるのもいいではないか――。ならば河野マネキンに入社するのが一つの道だが、それ以上に、今の僕には家族の絆が大切だった。
「コンビニの店長も悪くないか!」
と、声に出して言ってみるとますます歩く速度がはやくなる。
この雪は――たぶん実家じゃ積もっているのだろう。落ち着いたら荷物の整理かたがた故郷の名物でもぶらさげて河野マネキンへ挨拶に行こうかしら……。
いつの間にか僕は、掴みきれなかった何かに向かって雪の中を駈け出していた。
(了)
クリスマスラプソディー 銀鮭 @dowa45man
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