6-2 魔導具

 竜斗と冒険者ギルド側からの申し出。

 未来、というか僕のいるべき時代では〈森人族エルフ〉の国と呼ばれているはずのラティクスに行かないかというものは、僕にとっても興味を惹かれるものだった。


 当然ながら、僕の答えはイエス。

 その日は竜斗が紹介してくれた宿に泊まる事にして、翌朝――まだ薄明るい程度の空の下、僕と竜斗は町を後にする事にした。


「――なんだそれ、カッケェな!」

「『魔導式浮遊版マギ・フロートボード』。僕が作った魔導具の一つだね」

「くれ!」

「やだ」


 ステータスなんていう、僕から見れば反則チートとしか言えないような代物がある相手だ。リティさん――〈森人族エルフ〉の少女であるアルシェリティアさん――にも欲しいと請われた事もあったけれど、結局のところ、ステータスが高い人達にとってはあまり利便性が感じられないというのが本音のアイテムでもある。


 恨みがましい竜斗の視線を受けながら空を浮いて進む僕と、小走り感覚で何の苦もなくついて来てみせる竜斗。体感で時速三十キロ程度といった速度で進んでいる。普通なら、小走りでついて来られるようなスピードじゃない。

 やっぱり反則チートと呼ばれるだけの事はあるね。普通じゃない。


「というか、竜斗。僕はこれがあるからいいとして、馬車とか使わないの?」

「馬に乗れないしなぁ。御者もいないんだ、歩きの方が身軽だろ?」


 ……体力馬鹿というか、そういう類の人種なのだろうか。

 たとえ僕のステータスが伸びるものだったとしても、まず間違いなくその道を選んだりはしないと思う。楽したい。


「というか、お前が連れてる、なんなんだ?」

『失礼だよっ! ミミルだよ! よろしくだよ!』

「うおっ!? 眼の前にいきなりなんか出た!? ――ふぎゃっ」


 抗議のウィンドウを小走りでついてくる竜斗の眼前に見せつけて、そのまま木に気付く事もなくぶつかる竜斗。そんな彼を見て、こちらに向かって『仇敵を退治した!』とプラカードよろしく頭上に浮かべて見せてくるミミルに苦笑する。


 ミミルがこうして僕と一緒に過去に飛ぶ事ができたのは、きっとミミルが半分は僕の精霊という特殊な存在だからなのだろう。ミミル自身、どうして自分がついて来る事ができたのかも、いまいち理解していなかったようだし、ハッキリと理由が分かる訳でもないけれども、そういう事なのだと思っておく。

 細かく考えたって、答えを知っているのはエスティオとアビスノーツぐらいなものだろうし、彼らと連絡が取れない以上はどうしようもないからね。


「痛てて……。おい、何しやがんだ、妖精もどき!」

『勧善懲悪は私のモットー!』

「なんで俺が悪役!?」


 ドヤ顔しながら胸を張るミミルと竜斗のやり取りを他所に、僕は僕で少し高度をあげて森の上へと飛び上がった。


「ねえ、竜斗。ラティクスの近くって事は、ファルム王国はこの近くにあるって事だよね?」

「あん? ファルム王国? なんだそりゃ、聞いた事ねぇぞ?」

「え?」

「この辺りはシルフェン王国領土内だ。ファルムって言えばあれだろ、『導きの聖女』がいるとかいう町の名前だったと思うぜ」


 竜斗の言葉を半分聞き流しつつ、僕は僕で記憶を掘り返していた。


 ――おかしい、よね。

 確か初代勇者は、僕らが召喚されたあの国――“世界はもちろん、ファルム王国を二百年前に救った勇者”だと、実際にアメリア女王陛下もそんな事を言っていたはずだ。それに書物にだってそういった内容が書かれていた。


 これから竜斗が魔王を倒すまでに、国が変わる……?

 確かにたった数年で国が変わるなんて事は珍しくもないかもしれない。実際この世界では魔物や魔王なんてものがいるんだし、国が安定しにくいという意味では地球以上の難しさがある。


「おい、どうしたんだー?」

「あぁ、うん。ちょっと考え事してただけだよ」


 あまり考え過ぎてもしょうがないと、高度を下げて竜斗とゆっくり森の中を進む。

 今はラティクスに行くという点だけに集中した方が良さそうだ。

 竜斗が『魔導浮遊板』を物欲しそうに見ている点とか、ミミルがそんな竜斗に向かって何故か空中でシャドーボクシングしている姿とかは気にしない事にしよう。


「そういえば、竜斗。ラティクスで魔導技師が必要って、一体何があったの?」

「あー、その辺りは俺も分からねぇんだけどな。お前、〈森人族エルフ〉って会った事あるか?」

「そうだね、あると言えばあるかな」

「なんだそりゃ。まぁ、だったら分かるだろ? 〈森人族エルフ〉は基本的に排他的というか、他種族との交流を好まない連中だ。そんなアイツらが俺ら人間……じゃねぇ、〈普人族ヒューマン〉に頼み事するってんだから、ただ事じゃねぇのは確かだろうよ」


 ……〈森人族エルフ〉が排他的、ねぇ。

 なんだろう、アリージアさんとかリティさん――アルシェリティア――を思い浮かべると、どこにもそれっぽい要素があるとは思えないんだけど。

 どっちもどこか抜けているというか、むしろ警戒心が足りなさ過ぎる感じというか。


「そんな場所に行く依頼が竜斗に与えられたって、どうしてまた?」

「まぁ俺はちょいとワケありなんだよな。ほら、俺って他の世界から来たって言っただろ? そういう意味じゃ〈普人族ヒューマン〉であって〈普人族ヒューマン〉じゃないっつーか……おい、なんだよその温かい目。信じてなかったのか?」

「いやいや、信じてるよ、うん」


 他の世界からやって来たなんて中二病患者よろしく言われると、どうにも失笑が浮かんでしまうのは仕方がないんだと思う。だって真顔で言ってるんだよ、これ。普通に生温かい目にもなるよね。


「ったく、お前の目ってたまに何考えてるかも分からねぇからな……。まぁいいや。んで、俺が呼ばれたのは、〈森人族エルフ〉の里にあるっつー世界樹に俺が指名されたらしいんだわ」

「ふーん、大変だね?」

「おま……っ、自分から訊いてきたクセに興味なくしやがったな?」


 興味がないっていうのはちょっと違うんだけどね。

 単純に、世界樹から指名されたっていうフレーズを聞いてなんとなく流れを察したというか、それだけの話だったりする。


 気が付いたらこの世界にいた、と竜斗は言っている。

 額面通りに捉えれば、やっぱり竜斗は神にとっても予定外な存在という事にもなりかねないし、なんらかの形で接触を図っているのだろう。

 もしも僕に嘘をついていて、本当は神によって召喚されているのだとしたら、こうもあっけらかんと事情を話せるとも思えないし、そもそも竜斗の態度を見る限り嘘が上手い性格だとも思えない。

 竜斗にとってもイレギュラーというか、あまり理解できていない事態というのは嘘じゃない、かな。


「っと、そろそろ領域に入るぞ」

「領域?」


 しばらくはミミルと竜斗のやり取りを横目に森の中を進んでいる内に、道案内してくれていた竜斗が突然足を止めてそんな事を口にした。

 僕も空中で止まるとほぼ同時に、竜斗の足下に一本の矢が飛来して突き立った。

 なるほどと納得しつつ、僕は僕で西川さんがわざわざ中二病を彷彿とさせるように作ってくれたコートの大きめのフードを頭に被り直した。


「――動くな、〈普人族ヒューマン〉」


 森の奥から顔を出したのは、〈森人族エルフ〉の男性だ。

 警戒しているのだろうか。いつでも手にした弓から矢を放てるように構えつつも、出方を窺うような視線を僕らに向けている。


「俺は竜斗。世界樹から指名されたってんでおたくらの里に向かってる」

「……なるほど、お前がそうか。それで、そちらの不思議な道具に乗って浮かんでいるのは何者だ。深く被ったフードを取って顔を見せろ」


 ……うーん、ここで顔を見せるのはどうにも面倒というか、あまり歓迎できないんだよね。


 アリージアさんの記憶通りなら、かつてラティクスにやって来た竜斗がエスティオを連れていたという可能性はあまり高くない。

 アリージアさんだけが会っていないと考えられない事もないけど、リティさんのお母さんであるルシェルティカさんからもそれらしい話は何も聞かされていない。


 しょうがない。

 少しばかり強引な手になるけど、尊い犠牲になってもらおうかな。


「……やれやれ、さすがは森の引き篭もり共ですね。他人に対する礼儀がなっていない。竜斗、僕は帰らせてもらいますよ」

「なんだと?」

「お、おい、ユウ。そんな怒るなって。なにお前、怒ると敬語になっちゃうとかそういうタイプなの?」


 あー……、竜斗が相手だとちょっとした演技でも竜斗まで騙されちゃうのか……。

 エルナさんとかならすぐに僕の性格を察して適当に合わせてくれるけど、竜斗みたいなタイプが相手じゃそれも無理かもしれない。


「竜斗、僕は魔導技師としてキミに請われる形で〈森人族エルフ〉の里へと来ているんですよ? 冒険者でもなんでもない僕が、わざわざこんな森の奥までやって来たというのにこの仕打です。疲労もあるというのに、不機嫌になってもおかしな話ではないでしょう?」

「いや、お前そもそもその魔導具に乗ってるだけじゃん。疲れとかねぇだろ……」

「何を言うんです。僕は魔導技師であって、体力バカなキミ達冒険者とは違うんですよ。いつ魔物に襲われるのかも分からない森の中を延々と進むなんて、それだけで疲労が溜まるんです」


 まぁ実際のところ、僕は一切疲れていない。

 魔導具のおかげで疲労感なんてある訳ないし、そもそも魔物にもスルーされる僕が緊張するはずもないのだから。

 ともあれ、竜斗とのやり取りを聞いている〈森人族エルフ〉も、どうも魔導技師という単語に反応を示したようだ。


「おい、お前。魔導技師、と言ったな?」

「えぇ、そうですよ。この僕が乗っている『魔導浮遊板』も僕の自作魔導具ですし、他にも数種類かの魔導具を発明しています。それでも信じられないというのなら、身を以って体感していただく事もできますが」

「ほう? 面白い、何ができると言うのだ?」

「これです」


 一言短く告げて取り出したのは、一つの球形の魔導具である。

 これは魔王城で色々な素材を吟味――もとい、試している内に、この素材の特性を利用できないかと考えて作った魔導具の一つで、効果はお墨付きである。何せヴィヘムが「何を考えている!? こんな凶悪なものを作るなど、やはり貴様は陛下に危害を加えるつもりだな!」と大騒ぎした程だ。

 まぁもっとも、これには物理的な破壊力なんて存在していないけれども……まぁいいや。


 魔導具に注目する竜斗と〈森人族エルフ〉の男性。

 そんな二人の視線を受けながらしれっと耳栓をつけた僕と、同じく耳栓を魔力を具現化して作り上げたらしいミミルの『準備は万端であります!』という敬礼ポーズつきの合図を確認して、魔導具を起動する。


 そして――――


「――ぐおおおぉぉっ、や、やめ、やめろ、ユウ!」

「があああぁぁぁっ! ひ、酷い音だ……!」


 ――鳴り響いたのは、ガラスを金属で引っかくという定番中の定番の音である。


 これは蛙型の魔物で、耳にした音をそのまま再生するという不思議な器官を持っている魔物から取れた素材である。さらに、素材から発せられる音を風魔法によって増幅しているため、僕が今つけているような特殊な耳栓がない限りは防げない。

 のたうち回って何かを叫ぶ二人を見つめながら頭の中でゆっくりと十を数えると、ようやく手の中の魔導具が発動を示す光を収束させ、動作を停止した。


 耳栓を外して顔をあげると……そこには蹲ったまま動かない二人がいた。

 竜斗はまだピクピクと動いているみたいだけど、〈森人族エルフ〉の男性はどうも気絶してしまっているらしく、白目を剥いて倒れている。


 ……まぁ、そうなるよね。

 人としても嫌悪感を覚える音であるのは確かだけれど、〈森人族エルフ〉は集音機能に優れた耳を持っているらしい。そんな〈森人族エルフ〉がこの音を、しかも周辺に響き渡る音量で聞いたりすれば、倒れたりもする。


「……とまぁ、こういう魔導具も作ってるんですよね。体感していただけたようで何よりです」


 しれっと気にしていない風に笑みを浮かべて告げると、竜斗がドン引きしたような視線をこちらに向けてきていた。


「どうしたの?」

「どうしたの、じゃねぇよ!? 完全に気を失っちまってるじゃねぇか! っつーか趣味悪いな、さっきの魔導具!」

「あはは、元気だね。良かった良かった」

「人の話聞いてる!?」


 いや、フードを取る訳にもいかないし、いっそ有耶無耶にしちゃった方が手っ取り早いと思ってたからね。

 そんな本音を言えるはずもなく、竜斗に気を失ったままの男性を背負わせて、僕らはラティクスの領域内へと踏み入るのであった。

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