6-1 魔導技師
「――見えてきたぜ、あれがグレイスだ」
森の中を進んでおよそ半日。初代勇者である夏目竜斗に連れられるままに森を歩み続け、ようやく町へと辿り着いた。
町に入る為に身分証なんてものを提示しろと言われても困るんだけれども……、さて。
身構える僕を他所に、結局そういったものは必要なかったらしく、あっさりと門番の横を通過して町の中へと足を踏み入れる事ができた。
聞けば、竜斗はこのグレイスの町を中心に今は活動しているようだ。
この町の何処のご飯が美味しいだとか、そんな話をしながら町を案内してくれていた。
「キミは一人で冒険しているの?」
「あぁ、そうだな。仲間を集めようにも、相手は魔王だ。命懸けで戦うって分かってるのに、誰かを巻き込むなんて御免だからな」
嘘は言っていない、らしい。でも、そうなるとおかしい。
確か初代勇者はチートらしいチート能力を持っていたみたいだし、それにハーレムまで築いていたはずなんだけど……。
彼のハーレムは魔王を倒した後に形成されたもの、という訳でもなかったはずだ。そうした仲間と一緒に旅をしたって書かれていたんだけれど、それっぽい人はまだいないみたいだ。
思わず驚いてしまったけれど、どうも魔王と戦う点について驚いたのだと思われているらしい。苦笑した竜斗が続ける。
「まぁ、驚くのも無理はねぇけどな」
「魔王、ね。勝算はあるの?」
「さてな。まぁそれなりに力は手に入れてるから、勝てないって事はないだろうけどな」
「その割に、魔物から逃げてきたように見えたけど?」
「あ、あれは森の中で戦うには相手が悪かったんだよ! さすがに俺も、そこまでまだ戦い慣れてねぇんだ」
やっぱり、かな。
仲間がいない点と、戦い慣れていない点。
恐らく竜斗はこの世界にやって来て間もないのだろう。
僕が読んだ事のある書物通りなら、竜斗の力は僕らみたいな“ハズレ”とも言える能力ではないし、ましてや僕の“魔法もどき”にも驚いていたぐらいだし。
でもそうなると、彼はどういう経緯でこの世界にやって来たんだろうか。
僕らのように王族によって召喚されたのなら、それなりに戦闘訓練を受けたり、もしくは仲間を与えられていたりもするのが当然だとは思うのだけれども、どうも竜斗にそれらしい仲間もいないし、単独行動をしている。
王族に召喚されたとかじゃなくて、もしかしたら突然この世界にいた的な、そういう登場でもしたのかもしれない。
僕が以前読んだ初代勇者の物語にも、その辺りの経緯は載っていなかったし。
かと言って、同じ日本人だと明かすつもりもない僕としては、下手に探りを入れる訳にもいかなかったりする。僕というイレギュラーな存在が、未来で何にどう影響してしまうのか分からないしね。
竜斗の後ろをついて歩きつつ、この状況で何をするべきか思考を巡らせていた。
僕がどうして過去にやって来ているのか。
その理由を教えてもらっていないけれど、“どうして過去に行く必要があったのか”を考えれば、見当がつかない訳ではない。
――詰まるところ、〈管理者〉をどうにかする為に、だ。
エスティオとアビスノーツが僕を過去に飛ばした理由として挙げられるものとすれば、恐らくこの時代――このタイミングに、〈管理者〉と切り離せない何かが起きた、という事なのだろう。
ノーヒントでこんな状況に追いやられた僕としては、文句の一つも言いたいところではあるのだけれど、それも未来に――つまり、本来僕がいるべき時代に妙な影響を与えない為でもあったのかもしれない。
とは言っても、僕の存在は少なからず影響を与えてしまう可能性もある。
たとえば僕が宿で部屋を取ったとして、そのせいで部屋が取れない人が出たとしよう。その人が宿を変える事で、さらに他の人にも――と言った具合に、僅かなものではあっても変化というものは確実に訪れるのだ。
結果として、誰かが大事な用事に間に合わなくなる事だって有り得る。
些細な事と思うかもしれないけれど、分かりやすく言えばプロポーズだとか、命に関わった事だったりしたのなら、未来は大きく変わるだろう。
そう考えると、僕が接しても大丈夫な相手というのは、ある意味ではすでに接してしまった竜斗ぐらいなものだ。
まぁ、結局のところ、僕がこうして過去に来てしまった以上、何かしらの影響は出るだろう。些細な事が連鎖していく可能性を挙げたらキリがないし。
それでも目立つ訳にもいかないし、宿で泊まるとか、そういう当たり前の事さえ控えた方がいいとなると、さっさと町から離れるのが一番なのかもしれない。
けれど――こうして初代勇者と出会ったのが、ただの偶然とも思えない。
「竜斗。キミはこれからどうするの?」
「これからったって、冒険者ギルドで素材売っ払って、時間も時間だから宿に泊まるつもりだけど。あぁ、お前が倒した分はしっかり俺が売ってやるよ。なんなら冒険者ギルドに一緒に来るか?」
「いや、いいよ。冒険者に興味はないから」
下手に冒険者ギルドで登録するのも、未来に齟齬が出るのは間違いないだろうしね。そもそも僕、見た目のせいか冒険者には侮られやすいし、問題になって目立つのは不本意だ。
やんわりと断ると、竜斗は特に気にした様子もなく頷いた。
「そっか。なら、適当にこの辺で待っててくれよ。素材の売却と報告で俺は一回行くからよ。後で宿でも紹介してやるからな」
「うん、ありがとう」
宿に泊まるつもりはないけれど、それを言って変に詮索されても困る。
適当に相槌を打って、そのまま竜斗を見送った。
しばらく歩いて町並みを観察してみる。
どうも僕らが召喚された時代と町並みが全然違うだとか、魔王が大暴れしていて暗い印象を受けるだとか、そういった部分は見えない。
強いて違いを挙げろと言うのなら、魔導具らしい魔導具が少ないように思える。
日常生活、日々の営み、そういったものに深く根付いている魔導具も、この時代にはあまり存在していなかったのかもしれない。
まったく、せっかく魔王城でロボ的な魔導具を作ろうという男の子のロマンを胸にしていたのに、果たして僕はいつになったら帰れるのだろうか。
そろそろエルナさんやクラスのみんなにも連絡しないと、勢い込んで魔王城に攻め込んでくる可能性だってあるし。この時代にいる分だけ向こうに戻った時に時間が経っていたりしようものなら、間違いなく何かがあったと思われかねない。
邪神と呼ばれているのだから、てっきり世界の滅亡でも望んでいるのかと思いきや、元は『時空』を司る神であったとされるアビスノーツ。
彼女とエスティオの力、それに僕という、ただの人間ではなくて精霊に近い存在を過去に飛ばす程度の事はできたのだろう。
こうして竜斗と話す事ができるという事は、この時間軸とでも言うべきか、僕らのいる時代から見て過去に当たるこの時代に干渉できるのは間違いない。
何をするにしても、彼と出会ったのがただの偶然だとも思えないし、しばらくは彼と行動してみるのが一番かな。
「――おーい、ユウ」
「うん? あぁ、早かったね」
「いや、早かったっつーか、ほら。お前のいたあの場所の調査で森に行ってたんだけどよ、その中心にいたのお前だろ? 何か知ってるんじゃないかってギルドの受付嬢に言われて、連れてきてくれってさ」
「なるほどね。だったら付き合うよ」
登録する必要もないなら行っても構わないし、ここで拒否して変に訝しがられても面倒だ。竜斗に言われるまま、結局僕は冒険者ギルドに向かう事になった。
冒険者ギルドの造りに劇的な変化があった、なんて事もなかった。
僕が竜斗に連れられてやって来たのは、かつて通っていた冒険者ギルドのそれとそう大差のない建物。町並みも大きな変化は見られなかったのは確かなのだけれど、それにしたってこうも代わり映えしないというのも、なんだか残念である。
「――なるほど、転移系のトラップに引っかかってしまった、と」
「恐らくは、です。気が付いたらあの場所にいましたから」
案内された先、カウンターとなっている受付嬢の一人との話し合い。
竜斗は僕が現れたあの場所――クレーターよろしくすり鉢状に大地が抉られた場所の調査にやって来ていて、偶然僕と出会う事になった。
僕自身、エスティオとアビスノーツが何かをしたと思ったら光に包まれて、気がつけばあの場所にいて、竜斗に出会ったのだ。
まさか未来からやって来ましたなんて言うつもりもなく、一応は転移系のトラップにでも引っかかったという事にしている。
まぁ、僕の【スルー】という異質極まるスキルが、そんなトラップ如きに素直に反応してくれるかも怪しいけどね。
「分かりました。ちなみにユウさん、リュートさんから聞いた話によれば、戦闘向けの魔法を扱えるそうですが、冒険者として登録はなさっていますか?」
「いえ、していませんね。僕のいたところでは、あの程度の魔法を使えないようでは生きていけない程度には危険な場所でしたから、僕ぐらいの実力は珍しくないですよ」
短く答えると、受付嬢のお姉さんがちらりと手元に視線を落とした。
あれは……嘘発見器とか、そういう類なのだろうか。
まぁ僕がいたところ――魔王城――で、あの程度の魔法――という名のタネも仕掛けもある攻撃――が使えたところで、生きていけるかも怪しいのは事実だし、嘘ではない。
お姉さんは安堵したように小さく息を吐くと、にっこりとこちらに笑みを向けてきた。
「そうでしたか。でしたら、冒険者に登録――」
「しませんので、帰っていいですか?」
返すようににっこりと微笑んで答えると、お姉さんの動きが止まった。
「お、おい、ユウ。お前、あれだけの実力があるんだったら、冒険者になった方が得なんじゃないか?」
「何言ってるのさ。さっきも言った通り、僕が魔法を使えるのはあくまでも自衛の為であって、それを十全に活かして戦いの中に身を置くなんてごめんだよ。そんな冒険心溢れるように見えるかい?」
「……いや、見えねぇな。むしろ世間にくたびれて目が死んだ中年みたいな目してるし」
なんとなく言わんとしている事は分かるけれども、その言い分はどうだろうか。
言っておくけれど、僕の目が死んでいるのはエスティオのせいだよ、多分。
「そう言われてしまっては、仕方ありませんね。今後はどうなさるおつもりで?」
「帰り道を探してみようかと思っています。まぁ、特に急いで帰らなくちゃいけないとか、そういった事情はないのでゆっくりと旅をするような感じですね。路銀は……一応僕は魔導技師なので、自作の魔導具でも売りながら歩こうかと――」
「魔導技師なのですか!?」
カウンター越しに詰め寄るように顔を近づけてきたお姉さんの勢いに、思わず仰け反った。
何事かと思いつつ竜斗へと視線を向ければ、何やら目を丸くしているようだし、ちらりと周りを見回してみても似たような視線がこちらに向けられていた。
「……そうですけど、それが?」
「リュートさん! ユウさんが魔導技師なら、是非例の町にご一緒していただいてはいかがでしょうか!?」
「お、おう。いや、確かにあんな見事な魔法を使えるぐらいだし、もぐりだとは思わねぇけど……いいのか? あそこの連中、そんなに〈
「ですが、もしもいるようなら是非というお話ですし、せっかくユウさんが魔導技師ならば願ってもいない事です!」
何やら僕、置いてけぼりである。
一体何がどうなっているんだと視線を向けて竜斗へと訊ねると、竜斗は受付のお姉さんに押し負けたようで、頭を掻いてから僕へと目を向けた。
「なぁ、ユウ。お前、〈
「興味って言われても、どちらでもないけれど……。なんで?」
何やら小声で、あまり周りに聞こえないように気を遣っているらしい竜斗の言葉に答えれば、竜斗は続けた。
「〈
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