5-22 Ⅴ Epilogue
魔王城の一室。
地下牢にでも連れて行かれるかと考えていた真治ら『異界の勇者』一行が連れて行かれた先は、お世辞にも監禁されているとは言い難い普通の部屋。
監禁と言うよりも、いっそ軟禁と称するのが正しかった。
充てがわれた部屋は男女で分けられているものの、尖塔の一つの階を軟禁場所として扱われている。おかげで、男女の間での情報のやり取りも可能である。
悠が自ら演技し、エスティオに身体を乗っ取られたと宣言してから一夜明け、翌日。共有スペースとなっている一室に集まっていた真治らの間に流れている空気は重く、誰も口を開こうとはしなかった。
悠を迎えに来たというのに、悠はまるで無感情に――元々ではあるのだが――自分達を見つめ、本来の自分とも言えるエスティオに身体を乗っ取られてしまったという体裁を整えている。
まさか自分達が知っていた“高槻悠”が“エスティオ”であり、こちらの世界にやって来て以来、行動を供にしてきた相手は“高槻悠”として新たに生まれた存在であったなどと言われて、頭では理解できても納得などできるはずもない。
「……どうすれば、いいんだ……?」
真治の呟きは、ずっと考えている事であった。
悠が拐われてしまった――その事実があったからこそ、当然ながら仲間として助けようと魔界に足を踏み入れ、こうして魔王城へとやって来た。
その結果として、悠の本来の人格とでも言うべきエスティオが、差し伸べた手を払い、ましてや自分達を捕らえるという暴挙に出た。
「――どうするも何も、“悠くん”を取り戻すしかないんじゃないかしら」
「祐奈……?」
「私達が本当に親しくなったのは、こちらの世界にやって来てからの“悠くん”だわ。あっちの世界に、日本にいた頃の私達は、お世辞にも“エスティオ”と親しい間柄だったとは言えないじゃない」
「で、でもよ、俺達をあっちの世界で助けてくれたのは、あの“エスティオ”で……」
「それはそうかもしれない。けれど、“エスティオ”が魔王として私達を捕まえた以上、私達と“エスティオ”との間に、“悠くん”に対して抱いたような信頼もない。“エスティオ”だって、“悠くん”と培ってきたような関係性を続ける気もないのだから、私達がそこに縋るなんて論外だわ」
「けど……!」
「真治、くどい。私達がここに来たのは、“悠を助ける為”。その目的を変えるつもりはない」
咲良の一言を、薄情だとは誰も言おうとはしなかった。
真治の言葉は理解できる。
しかし、こちらの世界に来てから親しくなり、お互いに会話してきた“高槻悠”と、日本で知り合っていた“エスティオ”。どちらかしか取り戻せないというのなら。
祐奈も――他の誰も“高槻悠”を選ぶという答えは分かりきっていた。
「……ねぇ、咲良。大丈夫なの?」
「……ん、大丈夫」
祐奈は咲良が悠に――否、“エスティオ”に対して、強い感謝を抱いている事を知っている。
咲良にとってみれば、“エスティオ”がかつての自分を救ってくれたのは間違いなかった。内気で、周りとの間に溝が生まれてしまい、それを解消しようにも何もできない、どうしようもなかった中学生時代に自分を救ってくれた“エスティオ”に感謝しているのは事実だ。
それでも咲良は、“エスティオ”よりも“高槻悠”を選んだ。
「確かに私にとって、“エスティオ”は恩人。けれど、本当の意味で私達が知り合って、助けて、親しくなったのは“エスティオ”じゃなくて“悠”。それはみんなも一緒」
でも――と咲良は一度言葉を区切り、更に続けた。
「どっちかだけを選ばなきゃいけないとは限らないと思う」
「どういう事だよ?」
「さっきの“エスティオ”とのやり取りで、エルナが止まった。エルナにとっては、“悠”は“悠”でしかない。そんなエルナが、“エスティオ”をただ認めたとも思えない」
「あ……」
先日の邂逅から、真治達はエルナとは合流していない。
エルナはどうやら別の場所にいるようだが、真治だけではなく、その場にいた誰もがそれを、エルナが侯爵家の令嬢である事が関係していると考えていた。
封建制度の国にとって、貴族の、ましてや侯爵家であり宰相の娘でもあるエルナは、利用価値が高い。“エスティオ”がそれを考えてエルナを手元に残したと考えるのが妥当であったが――咲良はそれだけで”エスティオ”がエルナを利用しているようには思えなかった。
「エルナが“悠”を諦めたとは思えない。それにあの時、“エスティオ”がエルナに何かを言って、エルナは止まった。多分、そこに何かがあると思う」
「言われてみればそうかも……。よく気付いたわね」
無表情ながらにどこか得意げな空気を醸し出す咲良のおかげもあって、先程までの重い空気が霧散していく。
「それで、実際のところどうすればいいと思う?」
「“エスティオ”の中に“悠”が残っているのなら、それを取り戻す必要があるって事だよな」
「えぇ、そうね。問題はその方法だけれど……正直言って、その方法の見当がつかないのよね……」
魔法による肉体干渉などであったのなら、当然ながら解呪する方法も存在している。しかし今回の場合、そもそも“エスティオ”が“高槻悠”であったという事もあって、どちらがオリジナルの存在かで言えば“エスティオ”であるとも言える。
そういった意味で、現状で何をどうするべきか、ハッキリとした行動基準を設けるのは難しかった。
ついつい思案に暮れて再び沈黙が流れ始めようとした、その時であった。
一同が介している部屋の扉がノックされ、返事すら待たずに扉が開かれた。
最初に中へと入ってきたのは、かつて祐奈らに失礼極まる行動をして以来、正面から再会するには至らなかった相手――泰示と暁人の二人。
突然やってきた二人に驚く一同であったが、そんな二人の後ろからやってきた二人の姿を見て真治らは口を噤んだ。
ゼフともう一人――〈星詠み〉であるテオドラだ。
何をされるのかと身構えてみせる一行に対し、テオドラが薄く笑った。
「そう身構えずとも、心配ありません。私はあなた達――『異界の勇者』の味方です」
「味方、だって……? 悠を拐ったのはあんただろ!?」
開口一番にそう言われ、だからと言って「はいそうですか」と真治が納得できるはずもなかった。
実際のところ、フォーニアでは真治もテオドラと邂逅を果たしていたというのもある上に、悠が拐われたのはテオドラとアルヴィナという二人によるものであったとエルナから聞かされているのだ。
そもそもの話、テオドラやアルヴィナが悠を拐ってさえいなければ、こんな事にはならなかったと言えばそれは正しいのだから。
思わず激昂のままに立ち上がろうとする真治の目の前へ、泰示が肉薄し、抜身の剣を突き付けた。
「……安倍……! お前……ッ!」
「悪いな。これから説明はさせてもらうつもりだから、今は大人しくしていてくれよ。俺らだって、お前らとはやり合いたくはないし」
もしもこの場に悠がいて、こんな姿を見ようものならば「中身違うんじゃない?」ぐらいは言いそうな程に、泰示の放つ空気は尖ったものであった。
お互いに睨み合いながらも、ゆっくりと腰を下ろす真治を見て、泰示もまた剣を自らの持つ鞘へと収め、一歩下がる。
「確かに、ユウ様――いえ、エスティオ様を拐ったのは間違いありません。ですが、それは必要な事だったのです」
「……必要だった、だと?」
「えぇ、その通りです。あの場でエスティオ様が語らなかった、もう一つの真実。それを皆様に、これからお話させていただきます――」
そんな言葉から端を発した、〈管理者〉の存在と『星の記憶』。
それらを耳にした真治らの反応は、一様に今の状況――つまりはこのまま放っておけば、世界が滅んでしまうかもしれないという内容に、動揺せずにはいられなかった。
つい先日の、悠の正体に加えて『星の記憶』。
何がなんだか分からないと叫んでしまいたいところではあるのだが、この状況がそうはさせてくれそうにない。
「――『星の記憶』を回避する為に、私達は動いているのです。その為にはどうしても、エスティオ様が必要だったのです」
「俺らがテオドラさんとゼフの旦那と動いているのは、その為だ。それにこれは、お前らにとっても俺らにとっても悪い提案じゃないと思う」
「……どういう意味だよ? どうにかできるってのか?」
訝しげに訊ねる真治に対して、テオドラはハッキリと頷いてみせた。
「できます。それに、もしも皆様が私達に協力していただけるのであれば、『星の記憶』を修正しつつ、“ユウ”様を取り戻す事も可能でしょう」
「……悠を、取り戻せる……?」
「えぇ。ですがその為には――」
テオドラが悲痛な表情を浮かべて、さらに続けた言葉。
その一言に、誰もが唖然として、言葉を失った。
真治らが動揺する中、皆で相談する為に時間を置くとだけ告げて部屋を後にしたテオドラとゼフ。泰示と暁人の二人はゼフに言われ、悠に対して「異常もなく、大人しくしている」とだけ報告しに向かった。
廊下でたった二人で歩くテオドラは薄い笑みを貼り付けており、ゼフはそんなテオドラの後ろをついて歩きながらも、憮然とした表情を浮かべ続けていた。
「――気に喰わない、とでも言いたいの?」
不意に足を止め、テオドラがゼフへと振り返って問いかける。
「気に喰わない、か。あぁ、たしかに気に喰わないな――『異界の勇者』を使って、何を企んでいる?」
「企む? ふふふ、おかしな話ね。私は徹頭徹尾、〈星詠み〉としての役割をこなそうとしているだけだわ。その邪魔をする存在を、私は認めない」
テオドラの言う通り、彼女は本質的にはなんら変わろうとはしていない。
あくまでも〈星詠み〉としての役割を貫き、『星の記憶』を全うさせる事――それこそが、テオドラの目的である。
以前ゼフと話した通り、『星の記憶』は悠というイレギュラーによって狂い、本来であれば『魔族の滅亡』のみに留まっていたはずの未来を、『世界の滅亡』へと変じた。
それはテオドラにとっても望むところではない。
狂い始める前の『魔族の滅亡』こそが、本来の『星の記憶』が辿るべき道筋であると信じている。
その為には――
「だから、神の尖兵である『異界の勇者』を使って、戦争を激化させるつもりだ、と?」
「えぇ、その通りよ。その為にも、彼らの手でユウ様を殺してもらう」
――既定路線であったはずの『魔族の滅亡』も、『世界の滅亡』も、両方とも回避しようとしている悠という存在は、テオドラにとっては邪魔でしかない。
故にテオドラは真治らを利用する事にしたのだ。
――「エスティオ様を殺しさえすれば、ユウ様の精神は取り戻せる。そうすれば、きっと神々がユウ様を蘇らせてくれる」と告げて。
「神は〈管理者〉に逆らえない。そんな神の尖兵となる『異界の勇者』がユウ様を殺そうとすれば、当然ユウ様に傾倒しているアルヴィナも『異界の勇者』の前に立ちはだかる。そうなれば、〈管理者〉もきっとアルヴィナを倒す力を『異界の勇者』に与えてくれるはず。『星の記憶』を修正してくれる可能性があるのは、この道筋だけ」
すでにアルヴィナの力は埒外にある。
それに対抗できるのは、神の力によってこの世界に生まれ、神――延いては〈管理者〉によって“介入しやすい存在”である『異界の勇者』のみであるとテオドラは考えている。
要するに、『異界の勇者』という存在に、本当の意味での『勇者』としての力を与え、立ち上がるだけの動機さえ与え、動き出してさえくれれば――狂ってしまった『星の記憶』の修正が可能と判断される可能性は高いのだ。
そんなテオドラにとってみれば、悠の生死など二の次に過ぎない。
「……神々が、本当にユウを蘇らせると思っているのか?」
「有り得ないわ。〈管理者〉にとってもイレギュラーとなる存在の救済を、〈管理者〉がお認めになるはずもないもの。アレを放っておく訳にはいかないわ」
テオドラにとっての最大の敵とは、他ならぬ悠自身であった。
神々の力でさえ【スルー】してしまい、〈管理者〉が定めた『星の記憶』さえも理不尽なまでに【スルー】するような、常識の通用しない相手。
そんな悠をついでに処分してしまえばいい、というのがテオドラの導き出した答えである。
「私達が今のままユウ様を殺すのは、正直に言って難しい。リンダール姉妹と陛下、それにあのエヴァレスまでもがユウ様の味方についている以上、私達が動いても阻止される可能性が高い。戦力的に言えば、奇跡でも起こらない限りは勝てない」
「……その奇跡が、あの『異界の勇者』という訳か」
「その通りよ。幸い、ユウ様も何かの目的があって、彼らと敵対するポーズを取っている。この状況を逃さない手はない」
悠が何故エスティオのフリをしているのかまでは、テオドラも聞かされてはいなかったが、いずれにせよ『異界の勇者』と敵対するポーズを取ってくれているのは、テオドラにとっても実に都合が良かった。
「――絶対に、守らなくちゃいけないの。死んでいった同胞達の為にも」
テオドラの言葉は、静けさが満ちる廊下で悲愴さを滲ませて消えていった。
第五部 FIN
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